03


「えっと、遅刻者はふたり…。2年B組の河下健くんと…1年A組の沢田…あれ?つなってどういう字だろ…まいっか、ひらがなで。沢田つな吉くん…っと」

「書けたか?」

「あ、草壁先輩…。はい、書けました!」

「それじゃあもう教室に戻っていいぞ。一限には遅れないようにな」


周りをリーゼント男達に囲まれつつ、無事に遅刻者のチェックを終えると、そのリーゼント男筆頭である草壁先輩に記録を書いたノートを手渡す。いやもうほんとびっくり。何の集団なのこれ。そもそも規定でない制服をさらに改造した長ランと、どうやってセットしてんのと思わずにはいられない長いリーゼントを一人残らず装備したその集団は、やっぱりどう見ても取り締まられる側の人間にしか見えない。どこの暴走族だ。そんな人達が校門前に集まっている姿は、端から見たらさぞかし恐ろしく見えるに違いなかった。そしてその中で一緒に立っていたあたしも、少なからず…。


「あれ、先輩達は教室戻んないんですか?」

「ああ。まだ仕事が残ってる」

「へー…」


委員会の仕事なのに、授業に間に合わなくなるほどの仕事があるの?そう思うけど、なんだかこの委員会どうにも普通じゃなさそうなのでつっこむのはやめにした。いろいろ気にしてたらやってけなさそう…。いやこの委員会でやってく気なんてさらさらないけど!


「天宮、お疲れ」

「! うわっ」


ぼす、と頭に強めに手が乗せられる。振り返ると、これまたリーゼントが立派な風紀委員の一人の男の人がこっちを見て屈託なく笑ってた。初対面のわりにフランクなノリだ。でもそういう方が、あたしも好き。顔も名前も分からない人だったけど、好意的な態度にこっちも少し嬉しくなる。


「いやー、やっぱ女の子いると華があっていいよなぁ。この委員会男臭くてたまんねぇもんな」

「ブレザーもいいけど旧制服のセーラーかわいいっスよね〜」


そんな会話をする人達もいた。なんだか気恥ずかしい。見た目はトンデモ暴走族だけど、この人達案外普通の人なのかもしれない。委員長がヤバイだけで、他はみんなそれなりに良い人なのかな。


(…あれっ。あたし今もしかして、ほだされてる!?)


いかんいかん。あたしは風紀委員になんてならないってば!









手遅れ









「うーわ、何それ。コスプレ?」

「わあああ違うんです咲ちゃんん」


教室に着いて早々に、咲ちゃんからのドン引きしたような冷めた視線を浴びせられる。原因は間違いなくこの格好だ。咲ちゃんは部活の朝練があって早い時間に登校していたみたいで、校門前に立つあたしのことは見ていなかったらしい。咲ちゃんだけでなく、クラス中の人がこっちを見ている気がする。違うんです違うんです!やむを得ない事情があるんですこれは!


「へぇ…。雲雀さんに誘われて風紀委員入ったんだ」

「誘われてないし入ってないです!」

「でも律儀にセーラー着てきてんじゃん。腕章もばっちり付けてるし」

「やむをえない事情があるんです!」


だって、あの人言うこと聞かなきゃボコボコにしてくるもの。噂通り、いやそれ以上に極悪非道な雲雀くんの所業を咲ちゃんに教えてやりたい。容赦の"よ"の字さえない雲雀くんのことだ。タコ殴りにされて顔面が見れたもんじゃなくなってしまうことだって十分ありえるんだから、そんなの従うしかない。…べ、別にセーラー服可愛いなー着てみたいなーなんてもちろんちょこっとだって思ってないんですからね!


「おーい、天宮」


誰に向けたものなのかも分からない言い訳を頭に並べていると、不意に聞こえた声。見ると、それはあたし達のクラスの担任の先生だった。片手にしたプリントをひらひらと振りながらこちらに近付いてくる。


「天宮。お前風紀委員入ったんだってな」

「は!?」

「いやーびっくりびっくり。女子があの委員会入るなんてなあ。ま、うちのクラス希望者誰もいなくて困ってたから、ちょうどいいな」

「ちょ、ちょっと待ってください。あたしまだ入るだなんて一言も…!」

「え?でも入会の届け提出されてんぞ。ほら」


先生が見せてくれたプリントには、あたしの名前とクラス、番号。それから入会申込書と書かれていた。指定の欄に入る委員会の名前を書くようになっていて、そこには「風紀委員会」の文字。下の方に、ご丁寧にも許可の言葉と校長先生の印鑑まで押されている。たかだか委員会に入るぐらいでこんなにちゃんとしたもの書かなきゃいけないの?

――っていうか、


「あたしこんなもんに名前書いた覚えないんですけど!?」

「そりゃ、これお前が書いたものじゃないしな。見ろ、ここに風紀って書いてある印鑑も押してあるだろ」

「?」


先生が指差した箇所を見てみると、そこはあたしの名前のすぐ横、確かに風紀という文字が朱色で押されている。当然だけど、こんな印鑑も押した覚えはない。


「これはな、風紀委員が著名したってことだ。風紀委員会は生徒、保護者、教員…その他いろいろ全部の権限持ってるからな。お前本人が名前書いてなくても風紀委員が書いてれば、それはお前が名前書いてんのと同じなわけ」

「………」


もう、意味分かんないなんてものじゃない。意味を分からせる気がハナから無い。なんでもいいから黙って従えと、つまりそういうことらしい。しかもこの学校じゃそれが当たり前のことみたいだから、本当にどうかしてる。まさか世の中にこんな無茶苦茶な学校の委員会があるだなんて、誰が思うっていうの。

先生の言葉に声もなく絶望するあたしを他所に、咲ちゃんがばっさりと言い放つ。


「風紀委員とは関わり持ちたくないわぁ。やっぱこれからは私に近付かないでよね」

「わぁぁああ見捨てないで咲ちゃああん!」



 ◇



「テメェ…風紀委員だな…」

「え」


そんな敵意たっぷりな風に声をかけられたのは、その日の帰りのことだった。顔を上げると、髪を茶色く染めて耳にはいくつかのピアスをあけた、いかにも不良ですというような風体の人がガラ悪くあたしの行く手を塞いでいることに気付く。着崩した制服は並中のものだ。また先輩だろうか。最近こんなの多くないか。


「テメェら風紀委員にはいつも世話になってんだ。風紀委員に女がいるなんて初耳だが…ここでオレと出会っちまったのが運のツキだぜ。大人しくボコられな!」

「え!?」


風紀委員ってこんな不良を敵に回してんのとか、今日委員会に入ったばかりのあたしにはそんなの関係ないじゃないのとか、っていうかいくらなんでも女子をボコるだなんてこの人男の風上にも置けないなとか(鉄の棒で頭を殴ってくるどこかの誰かさんは論外である)、いろいろ言いたいことはあった。あったけれど、目の前の不良は聞く耳を持つ気配がなさそうだった。


「オラァ!!」

「わっ!?」


何も言う暇を与えずに殴りかかってきたのだ。ほんと最近こんなのばっかり!数日前に絡まれた不良先輩のものより腰の入ったそれを慌てて頭を下げて避ける。


「避けてんじゃねーぞテメェ!」

「こっ来ないでくださいよ!!」

「!?ごっ」


――そうして、懲りずに再び飛びかかってきた相手を思わず殴ってしまった。しかも顔面をグーパンで。咄嗟のことでついつい力が入ってしまったけれど、めこっと変な音がしたのは気のせいにしておきたい。あたしったらまた、つい…。力なく地面に突っ伏した不良は頭の上にひょろひょろと星を飛ばしている。し、失神させちゃった…。


「あ…」

「!?」


ふと聞こえた声に振り返る。角からちょうど曲がってきた様子のその人はクラスメイトの男の子だった気がする。さっと顔色を悪くさせた彼は口元を引きつらせていた。もしかして、もしかしなくても、今あたしが人を殴っていたのを見てしまったんじゃ…!


「あ、あのっ、これは違…っ」

「天宮さん、さよなら…」


弁明する間もなく、彼は怯え気味に一言残すとそそくさと立ち去っていく。ぼそりと聞こえた「風紀委員こえーっ」という声に頭のてっぺんに雷が落ちたような衝撃を受けた。完全に風紀委員扱いされた上に、他の風紀委員と同じように怖がられてしまった。


(さ、さいあくだ…!)


中学に入ったら、暴力は封印して、お友達たくさん作ってやろうって決めてたのに。入学からわずか1ヶ月と少し。早くもその目標は叶わないものになろうとしていた。


(もう…この委員会いやァ――!)


やめたすぎる。切実に。

160425
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