すき


「ねえ、恭弥君」

「ん?」

「いや、ん?じゃなくてね。あの…この体勢恥ずかしいよ」


そう私が言っても、恭弥君は私を離そうとしない。私は小さく溜息をついた。こうなったら最後、恭弥君は自分が満足するまでワガママを貫き通すだろう。

――私達の今の体勢。それは椅子の上に座った恭弥君の膝の上に、私が恭弥君と向かい合わせに座るというものだった。しかも、恭弥君は私の腰に手を回してしっかりホールドしているから身動きがとれない。いつもはこんなことされないから、ありえないぐらいの密着度に思わず赤面してしまう。恭弥君はそんな私を面白そうに見ていた。うう、なんで恭弥君ったらそんなに余裕なのよ。


「もう、なんで急にこんなこと…」

「したかったから」


即答する恭弥君。したかったから、なんて恥ずかしいことをよく平気で言えるなあ。ある意味関心しちゃうよ。ああもう、なんか私の方が恥ずかしくなってきた。これ以上赤くなった顔を見られたくなくて、手で顔を覆う。指の隙間から、恭弥君の不機嫌そうな顔が覗いた。


「なんで隠すの」

「だって私、顔が真っ赤だもん…」

「可愛いのに」

「かっ…!?」


一瞬思考がフリーズする。しれっと言い放った恭弥君だけど、その言葉は破壊力抜群だった。っていうか、恭弥君の口から、可愛いなんて言葉が出てくるなんて。驚きを通り越して感動だ。硬直してしまう私に恭弥君は続ける。


「恥ずかしがる名前も涙を流す名前も、もちろん笑う名前も全部可愛いと思うよ。…だから、」

「わっ、わ…!」

「顔を見せて」


手首を掴まれて、隠れていた顔が露になる。気付けば鼻と鼻が触れあってしまうぐらいに恭弥君の顔が近くにあって、私の心臓はかつてないぐらいにばくばくと激しい音をたてていた。恭弥君の吐息が顔にかかる。恥ずかしさで死にそうな感覚に陥るけど、不思議と払いのけることも出来なければ声を出すことも出来なかった。――ううん、不思議なんかじゃない、当たり前のことだ。だって私、嫌じゃないもん。そりゃあ確かに恥ずかしいけど、でもこうやって恭弥君に触れられるの、すごい好き。恭弥君も私と同じこと、思ってくれてるかな。そんなことを考えていた私だけど、途中から自分で何を考えているのかさえ分からなくなった。相変わらず心臓はばくばくしていた。


「恭弥君、大好き」



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