お泊まりしよう
「結婚記念旅行?」
「ええ。明日は二十回目の結婚記念日だから、三泊四日で沖縄に行くことにしたの」
「へえー………って、明日!?いきなりすぎだし、私、学校あるんだけど!」
「だから名前は一人で留守番よ。もう高校生になったんだから三日間ぐらい大丈夫でしょう?」
「………うん」
「それじゃあよろしくね!ママ達、楽しんでくるから!」
◇
「…ということがあったの」
「へー、そんで今日から三日間限定で一人暮らしかよ。羨まし!」
朝。彼氏である高尾と一緒に登校しながら、名前は昨日の夜に親から聞かされたことを話した。どんよりする名前とは対称的に、高尾は今日もいつも通りハイテンションである。ちなみに彼が所属するバスケ部の朝練は今日は休みだ。
「ええー…、やだよ一人なんて。家事は全部自分でやんなきゃだし」
「俺は良いと思うけどね。なんでもやり放題だし、楽しそうじゃん」
「高尾君は一人になることとかないの?」
「俺んちは両親がそーやって旅行行っても妹ちゃんいるからなー。一人なんてことはまずねえわ」
高尾の家族とは以前会ったことがある。彼の家で夕飯をご馳走になった。名前の家と同様に、どこにでもある普通の仲が良い家庭。実は名前が会うより前から名前の母親と高尾の母親は知り合いで、しかもよく一緒にお茶をする仲だったらしいのだが、それはまた別の話だ。
「じゃあ将来は一人暮らしする?」
「プフッ、それいいかも!別に誰かと一緒にいてもいいけどさ、やっぱ男はいつまでも親に世話になってちゃダメっしょ」
「わ、高尾君が真面目なこと言ってる…」
「ひっでえ!」
ギャーギャーと騒ぎながら歩く。高尾との会話はとても楽しい。さすが、コミュ力高尾の異名を持つ男である。名前の下がり気味だったテンションが少し上に傾いた。
「でもすごいなあ。私だったら一人暮らしなんて無理。寂しい」
「そーいうもん?」
「そうだよ。…今日から三日も一人とか、大丈夫かな」
テンションは上がったが、やはり今日の夜からのことを考えると不安だった。炊事や洗濯などの家事はなんとかなる。が、夜、誰もいない家で一人で過ごすのは嫌だった。名前は幽霊のようなものが大の苦手な怖がりなのだ。出るわけないけど、でも、もしお化けが出たらどうしよう。眉を下げる名前の隣で、高尾がぽつりと言った。
「んじゃ、今日から名前ちゃん家に泊まっちゃおっかな。俺」
「…えっ」
「ん?あー、冗談だってば、じょーだん」
バッと顔を上げ大きく目を見開く名前に、高尾は顔の前で両手を軽く振った。ま、さすがにこれはないよな。実のところ高尾は半分以上本気だったのだが、自重しておくことにする。
とりあえず微妙に話題を逸らし、せっかくだし夜中電話でオールしちゃおうぜと笑いながら言った時、高尾の学ランの袖がくんっと引っ張られた。
「? 名前ちゃん、」
「……泊まってく?」
「え」
「あ、えっ、いや、夜、一人じゃ怖いから、高尾君が一緒にいてくれたら嬉しいなって思って。べ、別に駄目だったら……うわ!?」
恥ずかしそうに俯き、ぼそぼそと言う名前。髪の間から覗く耳が真っ赤に染まっているのを見つけた高尾は、たまらずその小さな体に抱き着いた。
「行く!今日、部活終わったら直行で名前ちゃん家行くから!」
ぎゅうと力強く抱き締められて、名前の顔が一気に茹でダコと化す。
「ちょ、たたた高尾君!ここ外だよ外!ねえ!」
「うん!」
「うん!?うんって、返事は良いけど離してくれないの!?」
「うん!」
「ええ…」
しかし心底嬉しそうな顔をする高尾を、無理矢理引き剥がすようなことは出来なかった。それはもちろん名前も高尾が好きで、悪い気なんて少しもしなかったからだ。馴れというのは恐ろしいもので、そこに元々人があまりいなかったということもあり徐々に恥ずかしさは薄れていく。
「白昼堂々公衆の面前でイチャつくな!!」
「ぼふッ」
同じく登校中だった緑間に遭遇して高尾が名前もろともその長い足で蹴飛ばされるのは、それから数分後のことだった。
お泊まりしよう
130402
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