くちづけで殺しあい


「そろそろ寝るよ、名前」

「あ、うん!」


リビングの電気を消して、寝室へ向かう。黒いパジャマ姿の恭弥君の背中を追いかけていると、ふわっとシャンプーの良い香りがした。

数週間前から、私と恭弥君は同棲というものをしている。前から一緒にいることが多かった私達だけど、同じ屋根の下で暮らすようになってからは共にする時間がさらに増えた。けれど鬱陶しく思うことは全くと言っていいほどない。だって私は、それこそ呼吸すらまともに出来なくなってしまうぐらいに恭弥君が好きなのだから。恭弥君の傍にずっといられるなら窒息死したって構わない。




「最近、本当に冷えてるよね。布団に入っても、しばらくはちょっと寒く感じるもん」

「なら二人でくっついていればいい。人肌に触れていれば暖かいよ」


シングルベッドの上で、隙間がないぐらいにぴったりと寄り添い合う。確かに暖かいけど、とってもドキドキするんだよね。毎日同じようにして寝ているけど、とてもじゃないけど慣れることは出来ない。端正な顔が目の前にあって、静かな吐息を肌に感じて、胸が高鳴らないはずがない。今日も顔を赤くさせてしまう私だけど、恭弥君は薄く笑みを浮かべて頭を撫でてくるだけだ。もちろん恭弥君に撫でられるのは気持ちいいから好きだけど、密着して恥ずかしがってるのは私だけなのだと思うと少し落ち込む。私にはあまり女の子としての魅力がないのかな、なんて。


「…なんかくだらいこと考えてるね」

「いあ!ひょうやくん!?」


ぐい、と頬をつままれて情けない声が出る。ていうか、どうして思ってることが分かったの?そう心の中で呟いた言葉も読んだみたいに恭弥君はにっと笑った。


「君はすごく分かりやすいから」


頬をつまむ手が離されて、そのまますうっと輪郭をなぞり、髪の毛の中を通る。恭弥君の顔がさらに近くなって、私の顔はもうリンゴみたいになってるはずだ。ああ、また呼吸が上手に出来ないよ。


「名前は分かってない」

「恭弥、く」

「僕がどれだけ我慢しているのか」

「ん…」

「どれだけ、君が好きなのか」


唇の隙間からこぼれた言葉に、ぞくりとした感覚が走った。恭弥君の低めの体温とは裏腹に、赤く染まったそこだけはとても熱く感じる。



「は、あ…」


一秒だったのか十秒だったのか、恭弥君でいっぱいになってしまったこの頭ではよく分からなかったけど。体が酸素を欲して大袈裟なぐらいに深呼吸を繰り返す。そんな私の様子を馬鹿にするでもなく、恭弥君はもう一度私の頬を優しく撫でた。


「この感じじゃ、もうしばらくお預けかな」


小さく呟くその声は、私の耳に届くことなく消える。明日も早いから本当にもう寝ようか、そう言って恭弥君は私を抱き締めたまま瞼を閉じてしまった。正直言って私は穏やかに眠れるほど落ち着いた心境ではない。唇に残る感触が、普段とは違うどこか熱を孕んだ眼差しが、目をつむる度に脳裏に蘇って息苦しくなる。




――今夜は一睡もできないかもしれない。そう思っていた名前だが、肌に触れる雲雀の心地よい体温に眠気を誘われるのにそう時間はかからなかった。



くちづけでしあい

130102
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