食べられちゃうわ


「恭弥君。これ、バレンタインの…受け取ってくる?」


放課後。校門をくぐった恭弥君に手作りのチョコレートケーキが入った箱を差し出した。不要物を学校に持ってくることを良しとしない彼のために、わざわざ一度家に帰ってから持ってきたものだ。


「ああ、」


バレンタインなんてすっかり忘れていたよ。そう言いたげにほんの少し目を見開いて彼もそれを受け取るために手を差し出してきた。朝からチョコを持ってきた生徒を大勢取り締まっていたから、この日を知らないはずないんだけど。多分、彼にとってバレンタインとは女の子が意中の男の子にチョコを渡すという浮わついた行事ではなく、学校に不要物を持ってくる輩が大量発生する厄日でしかないんだろうと思う。そんな認識を持つ彼にチョコをあげるのは少し気が引けたけど、やっぱり私は女の子だし、何より彼が大好きだし。一応彼女という立場にあるのだから渡さないわけにはいかない。それに、なんだかんだちゃんと受け取ってくれるようだから、きっと大丈夫。


「はい」

「…ん」


華奢なようで実は大きいその手に、出来る限り美しくラッピングを施した箱を乗せる。彼と付き合いだしてから初めてのバレンタイン、ちゃんとチョコを渡すことができて良かった。

けれど、どうしてだろう。彼の視線が、さっきからチョコの箱ではなく私の手に注がれている。おかげでなんとなくその手を下ろすことが躊躇われて、微妙な位置をさ迷っていた。


「あの、恭弥君?……わっ」


チョコを持っていない方の手に私の左手首がぱしっと掴まれて少し肩が跳ねた。疑問を含ませた視線をよこしても、それに気付かないように彼は私の手を見つめ続けている。一体どうしたんだろう。


「小さいね、手」

「え?そうかな…別に普通だと思うけど」

「指も、手首も、すごく細くて簡単に折れそうだ」


普段トンファーを使って人を殴り飛ばしているとは思えないほどに優しい手つきで、するすると手の平やら甲やら指を撫でられる。つっけんどんな態度をとることが多い彼にしては珍しいことで、なんだか変な感じがした。ぼうっと成り行きを見守っていると、不意に手が高く持ち上げらる。


「僕とは違う。女の子の、手」

「え」


指先に生暖かい感触。しばらく何が起こったのか分からなかったけど、痛みにもならないような柔らかい刺激を感じ取った瞬間、急激に顔が熱くなる。私の指は彼の口にくわえられていた。


「きょ、恭弥君!?なにして…!?」

「なんとなくね」

「や、あの、ちょっと…」


中指をあぐあぐと甘噛みされて、思わず悲鳴がこぼれそうになる。くわえたままのせいで少しくぐもった声でなんとなく、と言われても納得なんてできるはずなかった。


「ッ、きょうや、く…」


時折舌が絡みつくように蠢いて、微かに漏れる水温。頬どころか全身真っ赤になっていそう。もう半分涙目だし、頭は爆発寸前だった。そんな私を見て楽しそうに目を細めてみせた彼は、きっと生粋のサディストだ。




「チョコ、ありがとう」


ようやく口を離した彼は、一目見ただけじゃ分からないぐらいにうっすらと、しかし穏やかに微笑んだ。まるでさっきのことなんて無かったみたいに。ここは外であったため、誰かに見られていなかっただろうかと心配しつつも、おそらく私にしか見せてくれないであろう表情に胸が高鳴る。


「でも、」

「?」

「このチョコよりも、きっと君の方がおいしい」


彼は、これ以上私を恥ずかしがらせてどうしようというのか。こんな少しクサイ台詞も、彼にかかれば私の胸を締め付ける強力な武器のようになる。心臓が痛い。

さっきからずっと赤い私の頬を軽く撫でてから「じゃあね」と一言、彼は放心気味の私を置いてさっさと帰ってしまった。


「…………」


いまだに彼の唾液に濡れた指先がなんだか少しいやらしく見えて、私は一人溜め息をついた。そろそろ心臓病か何かで死ぬかもしれない。





130217
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