笑顔が好き


「誕生日プレゼント?」

「うん」


がちゃんと体育館の鍵を締めた赤司君がこちらを振り返った。他のバスケ部員は先に帰ってしまったのでもういない。


「何か欲しいのある?」

「…ふむ」


赤司君の、顎に手をあてて考え込む仕草がなんだかおじさん臭くて笑ってしまった。二人で渡り廊下を歩き、鍵を返すべく職員室へ向かう。その間も赤司君は何が良いだろうかと考え込んでいた。

本当は、内緒でプレゼントを用意して渡したかった。けれども赤司君が欲しいと思うものは全く検討がつかなかったし(現に本人でさえ悩んでいるくらいだ)、いらないものをあげるくらいなら正直に最初から聞いておいた方がいい。でも、赤司君に何か欲しいものがあったとして、果たしてそれは私にあげられるものなんだろうか。うちは赤司君の家とは違いお金持ちではないから、そうたいしたものはあげられない。ああ、いけない、なんだか嫌みったらしい言い方になってしまった。ごめんね赤司君。


「…そうだな。苗字、お前の家に行きたい」

「……私の家?」


職員室に鍵を返し、下駄箱で靴を履き替えたところでようやく何が良いかを思い付いた様子の赤司君はそう言った。


「家まで送ったことは何度かあるが、お邪魔したことはないだろう。一度行ってみたかったんだ」

「ほう…」


ダメか?と首を傾げて聞いてくる赤司君を断る理由なんてない。むしろ、そんなことでいいのかと拍子抜けしてしまったぐらいだ。誕生日じゃなくたって、一度と言わず何度でも来てくれていいのに。こちらとしては大歓迎である。


「あ、でも、私の家そんなに大きくないし、散らかってるよ。面白いものなんて何もないけど、それでも良ければ…」

「ああ。…それじゃあ、土曜日は空いてるかな。久しぶりに部活が休みなんだが」

「もちろん」


私の返事を聞いて、嬉しそうに笑う赤司君にきゅんときたのは内緒だ。



 ◇



「お邪魔します」

「い、いらっしゃい」


そうしてあっという間に当日はやってきて、お昼前に赤司君はやって来た。部屋は綺麗に掃除したし、自分の家とはいえこれは(多分)お家デートというやつなので身嗜みにもちゃんと気を払った。大丈夫、何もおかしなところはない、はず。


「いらっしゃい、赤司君。ゆっくりしていってね。私が見てないところだったらいくらでもイチャイチャしてくれて構わないから」

「ちょっ、お母さん…!?」

「ははは」


言ってる傍から変なことを言い出すお母さんをリビングに押しやり、二階にある私の部屋へ赤司君を案内する。にこにこと笑みを浮かべて大人な対応で受け流していた赤司君とは対称的に、私は思わず大きな声をあげてしまった。…恥ずかしすぎる。


「ご、ごめんね赤司君。お母さんってばあんな無神経なこと…」

「俺は面白い人だと思うけどな」

「そうかなぁ」


とりあえず赤司君には部屋で待ってもらって、私は紅茶とクッキーを持ってくるために一度リビングへと戻る。クッキーは、ついさっき焼き上がったばかりの手作りだ。さすがに、本当にプレゼントを何もあげないのは気が引けたから作ってみたんだけど、口に合うといいな。


「なんだか、苗字らしい部屋だな」

「そう?」

「綺麗に整頓されてて、適度に生活感もあって、居心地良さそうだ」

「普段はもうちょっと汚いよ。赤司君来るから片付け頑張ったんだよ」

「ふふ、正直で結構」

「それだけが取り柄みたいなものだもの」


そうやって時折クッキーをつまみながら何てことはない会話を続けていたら、ふと赤司君が本棚の方に視線を向けて何かを見つけたようだった。「これは?」と指差してみせたそれに、思わず口角が引きつる。


「幼稚園の時のアルバムですね…」

「見てもいいかな」

「…」


う、うわあ良い笑顔!そして心無しか語尾に疑問符が付いてない気がする。毒気の一切無い表情を向けられ、逆に断れなかった。別に断るつもりは元より無いが、間抜けな顔をして映っている写真も多いので見られるのは恥ずかしい。とても。


「はは、ちっちゃい苗字だ。顔そのままだな」

「そうかな…」

「これはハイキングか何かか?お弁当の海苔が歯にくっ付いてる」

「なんでそんな変なとこ見つけてんの赤司君…!?」

「この後ろの方で転んでるの、もしかして苗字じゃないか?」

「わーわー!」


なんだこれ赤司君目敏すぎる。そんな隅っこの方に小さく写ってるやつにどうしてすぐに気付いてしまうんだ。いよいよ恥ずかしさに堪えかねてきてアルバムを返してもらおうとするけれど、赤司君がするりと私の手を避けてしまうからそれは叶わない。


「大丈夫だよ。ちゃんと、苗字は可愛いから」


思わず、ぐ、と言葉に詰まった。熱くなった顔を手で隠して俯く。そんな風に言われてしまったら、もう何も言えないではないか。…赤司君ずるい。


「っ、わ」


不意に体を軽く引き寄せられた。バランスを崩して倒れ込みそうになったのを赤司君の手が支えて、近くなった距離にびくりと震える。


「あ」


額に触れたのは、きっと、赤司君の唇だったのだと思う。確信ができなかったのは、それがほんの一瞬のことだったからだ。

ばっと顔を上げた先で赤司君が悪戯っぽく笑う。いつも大人っぽい赤司君の、子供らしい表情。また、きゅんって、心臓が。


「………もう…」


いつか赤司君のせいで死んじゃうんじゃないか、私。赤い顔で恨めしそうに睨み付けても効果は無いのか、赤司君は楽しそうに笑うのみである。それにつられて、私も表情を緩めた。


「おでこちゅー、とられた」

「誕生日だからいいだろう」

「…そうだね」


――それじゃ私が誕生日の時は、私も赤司君から何か貰おうかな。

赤司君は虚をつかれたように目を丸くさせたあと、また可笑しそうに笑った。


「楽しみにしているよ」



笑顔が好き

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たぶん俺赤司。俺司はどんなに仲良くて気を許してる子でも苗字で呼んでそうだし呼ばれてそう。 / back
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