女の子はみんな馬鹿なんだよ


「それじゃあこれ、悪魔谷1丁目のコウモリさんによろしく。この配達が終わったら今日は終わりだからね」

「はーい」


局長さんから小包を受け取って郵便バッグにしまいこむ。ナミモリタウン郵便局のマークが入った帽子をかぶり直して、元気良く郵便局の扉を開いた。とある郵便局で働くしがない郵便配達員である私の今日最後のお仕事。がんばらなければ。






――と、意気込んだのが数十分程前のことである。覆い茂る木々に、沈みかけた太陽。薄暗くなりだした森の中で、私はすっかり迷ってしまっていた。悪魔谷への道は複雑なことで有名だけれど、何度か通ったことがあるからって油断していた。どうしよう。この近くには最近町を騒がせている恐怖の吸血鬼ヒバリンの住み処があるって噂なのに、もうすぐ夜になってしまう。静かな森をひた歩いているうちに、不安がだんだんと大きくなっていった。


「うう、とりあえず落ち着こう…」


焦っても何も解決することはない。不安でどきどき音をたてていた胸に手をあてて深呼吸。ついでにバッグの中から水筒を取り出して、好物の自家製ココナッツジュースを飲む。ああ、おいしい。


「…何してるの?」

「わっ」


突然背後から声がして、思わず手にしていた水筒を取り落としてしまう。あっ!と声をあげた瞬間、素早く腕が伸びてきて地面に吸い込まれるように落ちていく水筒を掴んだ。


「…これ、ココナッツジュース?」

「え?あ、はい」

「……これ、飲んでもいい?」

「ど、どうぞ…。ていうか、拾ってくれてありがとうございます」

「うん」


真っ黒髪の毛に真っ黒マントを羽織ったその人はこくこくと喉を鳴らしてココナッツジュースを飲む。いきなり話しかけられたけど、この人は一体誰だろう。森の中は人通りが少ないから、誰かとばったり会うだなんて珍しい。


「…うん。やっぱり、寝起きにはココナッツジュースが良い」

「寝起き?今は夕方ですよ?」

「僕にとっては夕方が朝だよ」

「?」


もしかして夜にお仕事をする人なのだろうか。私の郵便局にも夜勤はある。だから、昼間に睡眠をとっているのかも。昼夜逆転な生活は、大変そうだ。

…ああ、そうだ。仕事といえば。


「あの、悪魔谷1丁目行くにはどの道を行けばいいか分かりますか?」

「1丁目?…ああ、それなら、この道を戻ったところにある分かれ道を右に行くといい。こっちは2丁目へ行く道だから」

「そうなんですか。ありがとうございます」

「ココナッツジュースの礼だよ。人助けなんて今日限りさ」

「え?」


聞き返すと、彼はにっと口許を緩ませた。その隙間から鋭く尖った犬歯が覗く。


「だから、次に会った時は」


言葉の途中で強く風が吹き付けて、森の木々がざわざわと揺れた。思わず目を閉じてしまったし、何を言ったのかもよく聞こえなかった。ので、すみませんもう一回喋ってくれませんか、と言おうとしたところで、気付く。


「…あれ?」


目の前には誰もいなかった。さっきまで黒マントの男の人が持っていた水筒はいつの間にか私の手の中に収められている。中身のココナッツジュースはだいぶ飲まれてしまったようで、随分と軽くなっていた。


「?」


なんだか、魔法みたいな人だったなあ。疑問符だらけの頭の中で、ぽつりとそんなことを思った。



 ◇



「おや、名前ちゃん、間違えて2丁目に行こうとしちゃったのかい?」

「そうなんです。でも、親切な方に会って道を教えてもらって…」


無事に1丁目のコウモリさんに荷物を届け終え、一旦郵便局に帰ってきた私は局長さんとのんびり仕事終わりのお茶を飲んでいた。このあたりは静かな町だから、必然的にこの郵便局もそう仕事は多くない。なので、度々仕事場の人達とこうしてお茶会を開いている。ゆるい職場だ。


「それは幸運だったね。2丁目にはヒバリンのお城があって、迷い込むと危ないから」

「ええ、そうなんですか!?」


やっぱり噂通り、あの近くにヒバリンの住み処があったんだ。しかも2丁目の方に。あのままあそこで迷っていたら、ヒバリンに見つかって吸い殺されちゃってたかもしれない。私、本当にラッキーだったんだわ。


「でも、その親切な人は、そんなところで何してたんだろうねえ。夕方にあの森で一人歩きだなんて」


局長さんがお茶請けのクッキーを食べながら呟くように言う。


「さぁ…。そういえば、あの人寝起きって言っていましたよ」

「ははは。もしかしたら、その人は吸血鬼ヒバリンだったのかもね。吸血鬼は日中ずっと寝ているって言うから」

「まっさか〜〜〜」


私もクッキーを頬張って、けらけらと笑う。だってまさか、吸血鬼さんがココナッツジュースが好きで、迷子の人間に道案内をしてくれるだなんて思わないでしょう?


「…また会えたら良いのに」


真っ黒髪の毛に真っ黒マントのあの人を思い出して、私は密やかに頬を染めた。






女の子はみんな馬鹿なんだよ


(だから、次に会った時は)
(君を吸い殺しちゃうかもね)

131017/title by 魔女 / back
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