好きになっちゃう女の子


「ね、苗字さん」

「………………えッ、私!?」

「そそ。苗字名前サン。ちょっといい?」


朝のHR前の休み時間。学校に着いて教室の自分の席で読書をしていた私に話しかけてきたのは、クラスメイトの高尾和成君だった。クラスメイトといっても私と彼はほとんど会話なんてしたことなくて、突然声をかけられて驚いてしまう。ニコニコと人懐っこい笑みを浮かべた高尾君は、何故か手に櫛を持っていた。


「あのさ、ちょっと苗字さんの髪、いじっていい?」

「…え?」

「いやさ、前から苗字さんの髪の毛さらさらでキレイだなって思ってて。なんとなく触りたいなって」


手に持った櫛を片手で器用にくるくると回しながら、高尾君が言った。顔が、熱くなっていく。そんなことを言われたのは初めてだった。思わず沈黙してしまった私を見て、高尾君が少し眉を下げつつ、明るいテンションを下げないまま気遣うようにこちらの顔色を窺ってくる。


「あ、やべ。急にこんなこと言ったら気持ち悪ぃよな!ごめんね」

「そっそそそ、そんなことないです!気持ち悪いとか、違くて、むしろ嬉しかったっていうか…」


高尾君は誰からも好かれるようなとても人気者の男の子で、こんな、朝から教室の隅で一人で読書をしているような私からはとても遠い世界の人みたいに見えていたから、なんだか、変に緊張してしまう。途切れ途切れに言葉を紡ぐ私に、高尾君はぽかんとした顔をしたあと、不意にぷすっと吹き出した。


「ははっ、どもりすぎだし、なんで敬語?やっぱ苗字さんおもしれー!」

「えっ、ええ…?」

「…じゃさ、髪の毛、いいんかな?」

「あ、うっうううん!わた、私なんかので良ければ…」


だからどもりすぎだって。高尾君がカラカラと笑いながら私の背後に回る。高尾君の笑顔は、なんだか太陽みたいだ。


「それじゃさっそく」


高尾君の大きな手が、私の髪をゆるりとすくった。とくり、と心臓が大きく音をたてる。私は椅子に座って、高尾君はその後ろで髪の感触を確かめるみたいに何度か頭を優しく撫できて。教室にはたくさんのクラスメイトがいて騒がしいのはいつも通りなのに、今日はやけに静かに感じる。どきどき、してるのは、なんでだろう。


「わー、やっぱさらさら!」

「そう、かな」

「うん。すげえキレイ」


それがお世辞なのか違うのかは分からない。けど、直球でそんなことを言われて嬉しくならないはずがない。特別力を入れて手入れをしていたわけじゃないけれど、今だけはこの髪を好きになれそう。

高尾君はやがて持参の櫛を手にとって、髪を丁寧に上の方へと纏めていった。時折視界にちらつく指は男の子らしく少し骨張っていて、髪を結っていくその馴れた手付きに、ほんの少しの違和感を覚える。


「高尾君は、よく髪の毛結んだりするの?」

「妹ちゃんいるから、昔からよくやってあげてたの。つってもレパートリーは少ねぇけどな」

「そう、なんだ」


そっか。高尾君は、お兄ちゃんなんだ。言われてみれば、そんな雰囲気があるかもしれない。面倒見が良さそうっていうか、そんな感じ。


「あ、ゴム持ってる?」

「うん」


体育の時とかに結べるように、いつもゴムは持っている。手首に引っかけたゴムを取って、高尾君に手渡す。


「そういえば、高尾君ってバスケ部…だよね。朝練はお休み?」

「ん、今日はオフ。てか苗字さん、俺がバスケ部だって知ってたんだ?」

「それは、有名だし」


強豪と言われるうちの高校のバスケ部で、一年にしてレギュラー入りしている高尾君と、それから同じくクラスメイトの緑間君は校内ではかなり有名人だ。いくら私がそういうことに鈍い方だとはいえ一度ぐらいは耳にしたことがある。そう思うと、やっぱり高尾君ってすごい人なんだな。そんな人に髪の毛結んでもらってるなんて、恐縮しちゃう。


「うし、できたぜー。我ながら上手くできた気がする!」

「わあ…!」


ポーチから手鏡を取り出して覗いてみれば、シンプルなポニーテールに結われた自分の頭が映る。ほつれも無く、綺麗にまとめられていた。普段はおろしているか、下の方で結ぶことしかないから首のあたりが少し涼しい。人気者で、運動もできて、手先も器用だなんて高尾君は本当にすごいな。


「あ、ありがとう、ございます」

「………おー。こっちこそ、あんがとな」


後ろに立つ高尾君の方に振り向いてその顔を見上げながら言えば、返事は返ってきたけど何故だか視線を軽く逸らされた。高尾君の頬が、ふんわりと赤く染まっている。どこかぎこちない雰囲気を纏った彼に、私までまた体が強張ってしまった。


「高尾君…?」

「ね、名前ちゃん」

「!」


唐突に、高尾君がこちらに向き直る。心なしか少し顔が近付いて、それから、ニカッとまた太陽みたいな笑みを浮かべて言った。


「すっごく、可愛いよ」


その声はクラスメイト達の喧騒によってすぐに掻き消されてしまったけれど。私の耳には、私の名を呼んで言ってくれたその声が、いつまでも残っていた。

――ああ、もう。




好きになっちゃう
女の子

(君の笑顔が忘れられない)

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