数年越しのマイヒーロー


テレビで、幼馴染の男の子と女の子が繰り広げるラブコメもののドラマがやっていた。リアリティがあり共感しやすい内容だと、若者を中心に話題沸騰中の人気作品だった。けれど、正直言ってあまり現実感が湧かないと私は思う。

私には幼馴染みがいた。家が徒歩一分弱程の距離にあって、幼稚園とクラスが同じだったからよく一緒に遊んでいた男の子。隠れんぼだとか鬼ごっこだとかはもちろん、私の趣味に合わせておままごとだったり、逆に彼に合わせてカードゲームをやったりした。きっと、そこら辺の女の子よりもよっぽど仲が良かったと思う。小学校に上がってからもそれは変わらず、二人きりで遊ぶことも少なくなかった。初めてクラスが別々になったのは、小学三年生の時だ。最初の頃はそれまでと同じように遊んでいたが、だんだん回数が減っていって、いつしか会話することさえなくなった。お互いに同性の友人ができて、私の隣に立つのは三年生からのクラスメイトであるゆきちゃんになっていた。五年生の時に再び彼とクラスが一緒になったが、関係が戻ることはなく、彼は私の呼び方を"名前"から"苗字"に変えていた。態度もどこか素っ気なく感じ、なんだか二年生までの思い出を全部無かったことにされたような気分だった。けどそのことについて特に言及したりせず、私も彼のことを苗字で呼ぶようにした。私も彼も受験はせずに普通の公立中学に入り、クラスはまた別々になった。もう、私達が幼馴染みだと知る人はほとんどいない。

幼馴染みなんて、所詮そんなものだ。小さい頃はたまたま家が近かったから仲が良かったけど、本当にそれだけの関係だったんだから。大きくなってからも仲が良い人達がいないとは言わないけど、大半はいつの間にか疎遠になる。ドラマも一度距離が遠ざかってから恋に落ちるような話だったけど、それもあまり想像がつかない。私と彼の距離は、ゼロよりも遠い位置にあるような気がしていた。



 ◇



放課後。部活仲間と一緒に教室に残って無駄な時間を過ごしていた。仲間の一人が、黒板にピンクのチョークで落書きをしている。教卓の上に二人が座って、私は所在無くその隣に立っていた。部活が定休日の時の恒例となっているこの時間が、私は嫌いだ。


「…、うわっ」

「あっ、ごめーん」

「大丈夫ー?」

「すげえ粉かぶってんじゃん!あははは」


落書きをしていた子が持っている黒板消しが、ふとした拍子に近くにいた私の腕に当たった。白とピンクが混ざった粉で制服が汚れて、思わず顔をしかめる。それを笑われてムカつかなかったと言えば嘘になるが、訴えるほどの勇気は私にはない。


「ってかさ、片腕だけじゃダサくない?」

「じゃーもう片方もやっちゃいなよ」

「えっ、あの、ちょっと…」

「オシャレだよオシャレ」


訳の分からない理屈で、汚れてない方の腕も黒板消しで汚される。このままじゃ他の箇所も同じようにされてしまいそうなので慌てて逃げようとすれば、傍観していた子に捕まえられた。そうだ、あんまり過剰に反応するとそれを面白がってもっとからかわれるんだった。捕まってから気付くけど、少し遅かった。黒板消しを持った子がニヤニヤと笑いながら近付いてくる。誰にも聞こえないぐらいに小さく、私は溜め息をついた。

明るく社交的で人気者の幼馴染みと違い、私は口下手で引っ込み思案でおっちょこちょいの、いわゆる地味っ子だった。友達がいないわけじゃないけど、極々限られた人としか行動しないような、つまらない女だ。中学からはそんな自分を変えたくて、何かのきっかけになったらと明るい子が多そうな運動部に入った。けど、それを後悔するのにそう時間はかからなかった。今まであまり関わってこなかったようなタイプの部活仲間の女の子達は、弄り甲斐のある私をこうしてよくからかって遊んでいた。けれど意気地の無い私はあまり強く拒否することもできず、為されるがままのことが多い。いじめなんて大層なものでは、ないと、思う。少なくとも彼女達は、そんなつもりは微塵もないだろう。その証拠に、気が済んだら普通に仲が良い友人として接してくれる。それがありがたくもあり、悔しくもあった。


「んー、次はどこにしよっか」

「名前はどこがいい?」

「どこにもしない方がいい…」

「あ、頭とかどう?海外で流行ってるらしいよ。チョークで髪染めるの」


私の意見は無視して名案とばかりにぽんと手を叩くその子に顔がひきつる。案の定、悪ノリした他の子もそれに大賛成してしまった。半分涙目だけど、泣いてるとこだけは見られたくなくて俯いて目を閉じる。

どうして私、こんな弱虫なんだろう。もっと、強くなれたらいいのに。


『名前のことは俺が守ってやるからね!』


ずっと昔に言われた言葉が、ふと脳裏を過った。






「なーにやってんの?」


ガラリと、教室のドアが開いた。びっくりして顔を上げて声の主を見れば、そこには飄々とした表情を浮かべた幼馴染み、高尾和成の姿が。どうして、ここに。確かバスケ部は今日も練習日だったはずでしょう?


「おー、高尾じゃん」

「うちら今日部活休みでさあ、皆で遊んでんの」


部活仲間の子達は何事もなかったように高尾君と話す。そりゃそうだ、後ろめたいようなことをしている感覚なんてないのだから。


「へー、何?チョークの粉かけ合いっこ?」

「そうそう。カラフルで可愛いでしょ?」

「…ぷっ、なんだよそれ、意味分かんねー!」


休憩時間だったのか、バスケ部のジャージ姿の高尾君は軽いノリで笑いながらこちらに近付いてきた。そういえば彼は、昔から笑い上戸だったな。こうして間近で彼のことを見るのは随分と久しぶりな気がする。こんな、粉だらけのみっともない姿なんて見られたくなかったんだけど。


「ちょっと俺、こいつに用あるから借りるわ」

「え」


不意に強く手を引かれて、バランスを崩した。転びそうになる私をさりげなく支えつつ、高尾君は早足で教室を出ていこうとする。


「えっ?あの、高尾く、」

「…お前らさ、」


高尾君は扉の前で立ち止まり、女の子達がいる方を振り返った。私の言葉を遮って、ぽかんとした顔の彼女等に向けて一言。


「随分幼稚な遊びすんだな」


彼は明るく社交的で人気者の男の子だったけど、その時の言葉には何か刺々しいものを感じた。






「あのっ、高尾君、どうしたの…?」

「…………」


私の手を引きながらずんずんと廊下を歩く高尾君に声をかけるけど、返事は返ってこない。もしかしてもしかしなくても、怒っている。私、何かしちゃったのだろうか。不安になって俯いていると、また急に高尾君の足が止まった。


「またお前ん家のご飯、食べたくなっちゃった!」


くるりと勢いよく振り返った彼は明るく笑ってそう言って、なんだか酷く懐かしい気持ちになる。胸が、キュッと締め付けられて苦しい。ドラマに出ていた女の子の気持ちが少し分かった気がした。


「――ありがとう、高尾君」






数年越しのマイヒーロー


いつか、またあの頃みたいに名前で呼び合える日が来ればいいね。心の中で呟いて、前よりずっと大きくなったその手を握り返した。


130415

幼馴染設定に滾るそして前置きが長すぎた。高尾は最初からコミュ力MAXだったわけじゃなく小学校高学年~中学前半ぐらいまでは思春期的なあれで女子とはあまりワイワイしてなかったら可愛いなという妄想をしてたけどそんな描写はどこにもなかった。深刻な文才不足です。back
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