暇だったのだ


『サソリぃ!!』

「ぐえっ」


突然首に巻き付いた腕と背中にかかった体重に、俺の口からは傀儡らしからぬ情けない声が出た。なんというか、ものすごい屈辱的である。背後から聞こえた声は聞き慣れたものだったから特に驚くことはなかったが、気配を殺して忍び寄るとは相変わらずうぜえ奴だ。こいつに声をあげられるまで気付かなかった俺も俺だから尚更むかつく。


「何の用だ」


背中にのしかかってきた彼女を引き剥がし、体勢を整え、工具を手に取る。ヒルコのメンテナンスを邪魔された俺は、イラつきながらも小さく言った。ああ、俺ってなんて優しい奴なんだろう。世界一といっても過言ではな、


『間違いなく過言でしょ』

「死ね」


手に持っていた工具で思いきりスネのあたりを殴ってやる。奴はスネを押さえてしばらく悶絶していたが、見た目とは裏腹にタフな奴だ、気にすることもないだろう。後ろで骨折しただのあんぽんたんだの聞こえてきたが、俺は持っているスルースキルを駆使し、全力で無視した。


『ねえサソリ。一緒にお風呂入らない?』

「は、」


だがしかし、それは無情にも終わりを告げた。開いた口が塞がらない、とはこのことだろうか。さっきまでぎゃあぎゃあと叫んでいたあいつはどこにいった。真顔で俺の予想の遥か上を凌ぐことを言ってのけた同じ暁のメンバーである名前に、俺は手に持った工具を再び床に落とした。



 ◇



『サソリぃ!見て見てっ、この私のナイスバディ!鼻血ものでしょ?』

「黙れ幼児体型」


体にタオルを一枚巻き付けた名前は、俺の隣で宙に「の」の字を描いていた。幼児体型はどうやら気にしていることらしい。ならば何故体型を自慢しようとしたのか。馬鹿奴な奴め。


「…………」


いや、そんなこと、どうでもいい。ていうか、何故俺は結局こいつと一緒に風呂場に来ているんだ。阿呆か。傀儡の体である俺に、風呂に入る必要性は皆無だ。この体が汚れたとしても、そんなの布で拭えば充分である。それ以前に、こいつと風呂に入るってどういうことだ。舐めてんのかゴラ。


『サソリー!背中流してー』

「…な、」


声をかけられ何気なく振り返れば、そこには纏っていたタオルを取り去り体を洗うスポンジを手にした名前の姿が。柄にもなく見惚れた………ってオイオイオイ、待て、落ち着け俺。相手はガキだ、幼児体型だ。俺の好みはバストもヒップもぼいんでアダルトな雰囲気漂う美人女性なはず。こんなブサイクに見惚れるとか俺、終わってんぞ。…いや、ちょっと待てよ。名前の奴、確かに貧乳だが形はまあまあだな――…。


『サソリ、鼻血鼻血』

「!?」

『嘘だぴょーん』

「死ね」


足元に置いてあった桶をぶん投げる。スパコーンと良い音をたてて名前の顔面に直撃した桶を見届けると、俺は無表情のまま無駄に巨大な暁専用の風呂場を出たのだった。

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