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士魂蒼穹微ネタバレ


惨状と呼ぶ他にない、地に転がる死体の山。硝煙と血の臭いに鼻が効かすなくなってきた頃、ようやく見つけた姿に安堵する間もなかった。最後に会った時には見られなかった色素が抜け落ち真っ白になった白髪と、鈍い光を放つ血のように赤い瞳。けれど刀を手にして敵を斬り伏せるその姿は間違うことなくあの人で。彼が人を人でないものに変えてしまうあの劇薬を飲んでしまったのだと理解するのに、そう時間はかからなかった。


「斎藤さん…」


一人、また一人とその刀によって敵兵は斬り殺されていく。赤黒い血飛沫が上がり、その中心に立つ彼の体は既に真っ赤になっていた。おびただしい数の敵兵がいたのだろうここには、今はもう片手で数えられる程度の人しか立っていない。見えない何かに突き動かされるように刀を振るい続ける彼の前に、その残り少ない生き残りもたちまち倒されてしまった。


「ま、待ってください!斎藤さん!」


それでもなお刀を下ろさない彼に、背筋が凍った。その切っ先は、既に物言わぬ死体となっていた敵兵に向けられていたのだ。様子がおかしい。いつもの彼ならば死体に手をかけることなど無いはずなのに。口許が緩く弧を描いているようにさえ見えて、否が応にも脳裏を過ったのはかつて京に身を置いていた時に見た血に狂う“新撰組”の人達のことだった。今にも刀を振り下ろそうとしている彼の瞳がまるで別人のもののように見えて、どぐんどぐんと心臓が耳の奥で嫌な音をたてる。

気付けば、彼の元へと駆け出していた。このままでは、彼が本当に人ではなくなってしまう。私の知らないどこか遠くに行ってしまう。直感的にそう思った。それが酷く恐ろしく感じられて、堪らなくなった。


「斎藤さん!やめて!」


刀身が風を切り裂く音が止んだ。きつく抱き締めた彼の体についた血が頬を汚して、ぬめりとした感触を肌に感じる。


「…名前…?」


あとほんの僅かに彼の懐に入るのが遅ければ、私の体は今頃真っ二つになっていたかもしれない。ようやく聞くことができた声にそっと胸を撫で下ろす。その瞳には、確かに私の姿が映されていた。


「何故、あんたがここに…」


戸惑いの表情を浮かべる彼の顔は憔悴しきっていたし相変わらず髪は白いままだったけれど、確かに私の知っている斎藤一だった。


「…っ、行くぞ」


しかしのんびりしている暇は無い。すぐ横を銃弾が通りすぎて、地面に突き刺さった。少し離れた所から人の群れの気配がする。ここでは直に見つかってしまうだろう。囲まれれば命が危うい。斎藤さんは私の手を取ると、凄まじい速さで戦場を駆けだした。



 ◇



「何故あんたがこんな所まで出てきたんだ」


鶴ヶ城の方から砲撃の音がひっきりなしに聞こえてくる。辺りが民家の密集地だったことが幸いしてなんとか身を隠す場所を見つけることができたけれど、それでもそう長くは持たない。乱れた呼吸が落ち着き次第、時を見計らってまた出ていかなければならないだろう。

斎藤さんの髪は元の濃紺色に戻っていた。ゆらゆらと焦点が合っていなかった瞳は落ち着きを取り戻し、身を潜めている民家の障子の隙間から鋭い眼差しで敵兵が来ないかを見張っている。けれどまた敵が現れたなら、斎藤さんは躊躇うことなく再びあの力を使うのだろう。瞳を赤く染め別人のようになって、自らの命を削りながら。


「…覚悟していたつもりでした」


斎藤さんが、この会津の地で命尽きるまで戦う気でいることは、知っていた。彼の生き方に口を出せる身ではないのだから、せめて最後のその時まで側で見守っていたい。その思いで、北上を続ける新選組と別れ激戦地であるここに残った。戦局は悪化の一途を辿り、城には次々と死傷者が送られてくる。その城にも今は新政府軍の最新式の砲が雨霰のように降り注ぎ、荘厳な面持ちであった鶴ヶ城の姿は今や見る影もない。全身黒焦げになって顔の判別がつかない亡骸も大勢見た。そして、そうした人達の中に斎藤さんの姿を探している自分に気付いて、どうしようもなく、恐ろしくなった。斎藤さんがいなくなってしまうこと。覚悟していたはずなのに。恐ろしくて恐ろしくて、自分の命などどうでもよくなった。苦しいくらいに、斎藤さんに会いたくなった。

ぼろぼろと零れる涙を情けなく思いながらも、私はそれを止める術を知らない。見守るだけと決めていたはずなのに、こんなところまで彼を追いかけてきて。斎藤さんの望みを知りながら、いかないでほしいと思っている。傍にいてほしいと願っている。自分勝手な願いだと分かっていたけれど、止めることができなかった。


「ごめん、なさい…ごめんなさい…っ」


――気付けば、彼の腕の中に抱きとめられていた。静かに、けれど、きつく、きつく。血の匂いが強くて彼の匂いは分からなかった。


「平助と総司が死んだ」


無機質な響きを持って耳に届いたその言葉に、私は驚きはしなかった。予感していたものだったのかもしれない。病床についていたはずの沖田さんの死を何故彼が知っているのか、それは分からないけれど。頭のどこかで二人の笑顔が浮かんで、泡のように弾けて消えた。


「俺の目の前で、二人は灰になって死んだ。その灰は青い炎に焼かれて…始めからそこに何も無かったように消えてしまった。…俺は、恐ろしくなった」


自分が死ぬことを恐れたのではない。そう彼は続けた。感情を抑えた冷たい声が、徐々に熱を帯びていく。首の後ろに回された手が、何かを堪えるように打ち震えていた。


「…あんたが、二人のように消えてしまうのではないかと思った」





いつか書き切りたい。

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