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「そんでさ、新発売のボッキーがマジで微妙なの。味噌とんこつ味って何?みたいな。ボッキーと合わせるもんじゃないよねえ」
「最近ボッキーいろいろチャレンジしてるよね。この前もおしるこ味出してたし…」
「そーそー。あれも正直不味かったけどさ、前にすごい美味しそうに食ってる男子見かけて…………って、あ!ちょ、名前前見て!」
「え?」
一緒にボッキー談義をしていた友人が指を差す前方に顔を向けた瞬間、ごんっという音と共に顔面に衝撃が走る。うぐっ。痛みに額をおさえながら目線を上げればグレーのコンクリートの塊がすぐそこにあって、それに正面からぶつかったのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
「電柱に正面衝突するなんて漫画の中だけだと思ってたわー。…大丈夫?」
「う、まあ…痛いけどなんとか」
相変わらずだね、なんて若干引き気味の友人に私も思わず苦笑いした。そして溜め息。ああ、またやっちゃった。
私は生粋のドジだ。何もないところで転んだり箪笥の角に小指をぶつけたり、という誰かが一回ぐらいはやっていそうなものはもちろんのこと。今みたいに冗談みたいな失敗も大真面目にやってしまう。天然やらおっちょこちょいやらで可愛いと言われたこともあるけど、それも度合いの問題だ。中学の頃、転んだ拍子に持っていたお弁当をクラスでアイドル的存在だった女の子にぶちまけてしまった時は大変だった。その子を含めた女の子グループに散々責められたあと何日も無視されたんだから、ドジというのは本当に困る。これは私の最大の悩みだ。
今は学校に向かっている途中。朝から電柱に激突してるようじゃ、今日一日が思いやられるなあ。もう一度だけ溜め息をついて、私は落とした鞄を拾った。
◇
がやがやと騒がしい昼休みの教室。朝の一件以降、特に大きな失敗はしていない。今日はラッキーだ。けれどここで油断したらまた失敗するので(経験談)アクションはなるべく起こさないように自分の席で大人しくしておく。
「っつうかお前バカすぎんだろー、そりゃ普通無理だべ」
「ハア?んじゃーそういう矢部だったらどうすんだよ」
「そりゃおめー……アレだろ、アレ」
「結局お前も答えられないんかい!」
隣の席では男の子が何人か集まって賑やかに駄弁っていた。休み時間、その席の持ち主の所にちょっとした人だかりができるのはもう恒例行事だ。実は今日やった席替えで隣になったばかりだからこの光景を間近で見るのは初めてだけど、本当に人気者なんだな、高尾和成君。
誰にでも分け隔てなく接する明るくて人懐っこい性格の彼は、男の子はもちろん女の子からも人気なムードメーカーだ。高校に入りこのクラスになってから一ヶ月ちょっと、私は男の子とあまり話したりしないから高尾君と交わした言葉も席替え直後の挨拶ぐらい。けど高尾君の周りがいつも楽しそうな笑顔で溢れてるのは分かるから、きっと良い人なんだろう。私も、高尾君みたいな人になれたらいいのに。
そんなことをぼうっとしながら考えていたら、予鈴が鳴って、五時限目の授業の先生が少し早めに入ってきた。数学のドリルがロッカーの中だから取ってこなくちゃ。
(…あっ)
そして授業が終盤に差し掛かった頃、板書に夢中になっていたら手元にあった消しゴムが机から落ちてしまった。使い古して丸くなったそれは、窓際にある高尾君の席の方まで転がっていく。高尾君に声をかけて拾ってもらおうと思ったけど、彼は机に突っ伏して居眠り中だったのでわざわざ起こすのも悪いし自力で取ることにした。まあ、席を立つほどの距離でもないしね。一先ず区切りの良いところまでノートを書き上げてからシャーペンを置いた私の脳内にさっきまで居座っていた"油断"という言葉はいつの間にか薄れていた。
ガンッ。消しゴムを拾おうと体の向きを横に変えた時、机の足に膝を勢いよく打った。いっ、と小さく声が漏れるけど、これだけじゃ終わらないような気がする。今までの経験でなんとなくそう思った。
横に傾く机、落ちてくるノートに教科書、スローモーションのように見えるのに反応できない体。あれだけ、あれだけ油断するなと言い聞かせていたのに――…!
膝を打った時の音と比べものにならないぐらいの大きな音が教室に響いた。
「…苗字さん、大丈夫ですか?」
少しの沈黙の後、先生が声をかけてきたけど私は返事を返せなかった。うわ、今の音なに?何が起こったの。机倒したの?どうやったら机倒れんだよ。びっくりしたわー。教室中の皆が見ている、ひそひそ声が聞こえる。机や教科書にぶつけた箇所が痛いけど、それよりも羞恥心が酷い。こういう視線を浴びることは今までにだって何回もあったけど、どうしたって慣れることはできない。恥ずかしい恥ずかしい私のバカ恥ずかしい私のバカ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
「ブフッ、ちょ、机倒すって…!大丈夫かよ苗字サン」
不意に隣から聞こえたのは、笑い混じりの男の子の声。え、と顔を上げればさっきまで眠りこけていた高尾君が、目に涙が溜まるぐらいに爆笑していた。嘲りも何もない、ただ純粋に面白そうな顔で。初めての反応に困惑していたら、高尾君は笑いを堪えながらも倒れた机を起こしてくれた。
「あっ、ありがとう…!」
「いーって。それより怪我してない?ブフォッ」
「大丈夫だけど、笑うか心配するかどっちなの」
「っく、待っ…腹痛…っ、ゲホッ!」
どうしよう高尾君の方が重症だ!ひいひい言ってる高尾君の背中を擦ってあげれば、何故かより一層笑われる。意味分からん。
けど、高尾君が場の空気を和ませてくれたおかげですごく気分が楽になった。教科書を拾ってからもう一度ありがとうを言ったら、つり上がった目を細めてニッと笑い返してくれる。高尾君はやっぱり良い人だ。
三度目のお礼を心の中でする。高尾君の周りで笑っていた人達のように、私の顔にも笑みが浮かんでいた。
日溜まりに触れる
130302
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