とある月曜日の話


「はひー…」


並盛町内を巡回している最中に見かけたそいつは、ぽかんと宙を眺めていた。

その顔に、見覚えはなかった。制服は並中のものじゃないし、そもそも女子になんか興味はない。勿論、強いのなら別だけど。
 
頬を僅かに赤く染めたそいつは「はひー…」とまた変な声を出していた。こういう奴のことを言うのだろうか。"いたい人"と。


「何してるの」


話しかけたのは気まぐれだった。普段だったら、たいして強くもなさそうな、こんな変な奴のことなんか放っておく。そう、ただの気まぐれ。


「はひぃ…ツナさーん…」

「………」


話かけられてることに気付いていないのか。そいつは更に顔を赤くさせて呟いた。口の端からヨダレが垂れている。汚い女だ。

なんだか癪に障った。この僕を無視するなんて、良い度胸してるじゃないか。ムカついたから、一発殴ってやろうとトンファーを構える。


「君、聞いてるの」


殴る前にそう言ってやっただけでも、感謝してほしいぐらいだ。普段だったら、口よりも先に手が出る。今日の僕は、機嫌が良いんだ。

尚もそいつは気付かない。女子だからって、容赦するつもりはないよ。僕を無視した、君が悪いんだから。

軽く腕を振る。運が悪かったね。僕に出会ってしまったが故に、君は明日頭にぐるぐると包帯を巻いて学校に行くことになるんだ。そんな事を考えながら、トンファーを振る。そしてそれは、真っ直ぐに女の顔へ―――…



ひゅんっ



跳んだ。女が。後に向かって、ひゅるりと軽い身のこなしで、跳んだ。トンファーは的を外して、何もない宙を殴る。


「はひっ、思わず立ち眩みが…!」


その声が雲雀の耳に届くことはなかった。普通の女だと思っていた奴が、攻撃を避けた。その事実に、ただ驚いていた。

――こいつ強いのか。トンファーを構えたまま、ニヤリと笑みがこぼれた。僕の攻撃を避ける奴が、弱い奴のはずがない。面白い奴だ。

雲雀は気付いていない。彼女が避けたのではなく"避けてしまった"ことに。彼女――緑中に通う三浦ハル――は、愛する(自称)未来の夫を思うあまりに立ち眩みを起こし、良い具合に雲雀のトンファーを避けてしまったのだ。


「君、面白いね。僕の暇潰し相手になってよ」

「はひー」

「それは、肯定の意としてとっていいの?」

「はひ…」

「決まりだね。まぁ、もともと拒否権なんて与えるつもりないけど」


一切会話は通じていない。が、それに気付かず雲雀はもう一度トンファーを構えた。

風紀委員長VS天然恋する乙女との戦いが、今はじまる――!!!!


「あ、いけない!今日はツナさんの家にお邪魔するんでした!こんなところで油売ってる場合じゃないです!はひー、急がなきゃですー!」

「は…、」


一人でペラペラと離しだす女に、思わず構えたトンファーを降ろしてしまった。

なんなんだろう。この女は。「はひ」だか「はひーっ」だか「はひぃ」だか変な言葉使うし、独り言が異様に激しいし、すごく変わった奴だ。


「今行きますよー!ツナさーんっ!!」


びゅーんっという効果音と共に、三浦ハルは走り去っていった。雲雀は、トンファーを半端に構えた状態のまま呆然とその姿を見送っていた。普段の雲雀ならそんなことは滅多にないはずだが、無理もないかもしれない。こんな態度をとられたことは、今まで一度だってなかったのだ。


「…はぁ」


なんだか急に馬鹿らしくなってきた。とっとと巡回の続きをして、適当に草食動物捕まえて咬み殺そう。そうしよう。

雲雀はトンファーを懐にしまうと踵を返した。この数分後には、すでに彼の頭から三浦ハルという変な少女のことは消えていた。そして三浦ハルも、雲雀の存在に最後まで気付かないまま、今日もツナの元へと向かっていく。

これが、雲雀恭弥と三浦ハルの最初の出会いである。






とある月曜の話
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