裏道の猫達


とある町に、とある商店街があった。いつもたくさんの人で賑わい、とても雰囲気の良い商店街だった。しかし、今日のその商店街の様子はどこか…否、明らかにおかしい。いつも通り人はたくさんいるはずなのに、まったくと言っていいほど、話し声がしないのだ。しかも、道の真ん中は綺麗に開けていて、道の端に集まる人々の顔はピシリと固まったまま、動く気配はない。そして、その視線はすべて、ある一点に向けられていた。

黒い学生服。その腕には「風紀」と刺繍された真っ赤な腕章が嵌められていた。制服と同色の髪の間から覗く鋭い眼光が、固まる人々の体をよりいっそう強張らせた。

雲雀恭弥。それが、学生服の少年の名だった。この町を牛耳る最強最恐の不良であり、風紀委員長。おそらく、この町に住む者で彼に逆らえる奴は一人もいないだろう。いないからこそ、このような状況になっているのだ。

がらりと開いた商店街の道を、わずかな足音をたてて堂々と歩く雲雀。そのわずかな音さえも、静寂に包まれた商店街ではやけに響く。雲雀の眉間には、大きな皺が寄っている。その理由を察した人々は、一目散に走り去っていった。


誰もいなくなった商店街に一人残された雲雀は、小さく溜息をついた。やっと群れから解放された。群れの中に入ると、どうも知らぬ間に眉間に皺が寄ってしまうらしい。そういう時は、決まって群がる奴を全員咬み殺したくなってくるのだ。それを察して、彼らは慌てて逃げていったのだろう。まぁ、そちらの方がこちらも気が楽だから良いのだが。…本当に群れは嫌いだ。雲雀はもう一度溜息をついた。

さて、群れを嫌う雲雀が、何故こうも人が集まる場所にわざわざ自ら出向いたのか。答えは簡単。会いたい奴がいるからだ。その為に、雲雀はここの所毎日ように、この商店街にやってくる。

毎日、毎日――…ミルクを持って。



 ◇



深緑色の学生服に身を包んだ少女、クローム髑髏は、薄暗い路地裏の地面にしゃがみこんだ。丸く大きな瞳に映るのは、真っ黒な毛並みに包まれた子猫。ボロボロのダンボールに入れられたそれは、無邪気な様子で高く鳴く。その姿を見て、クロームは少しだけ表情を柔らかくした。


「私…お金なくて……こんなものしか、用意できない…」


そう言ってクロームが子猫の前に差し出したのは、ふよふよと揺れる猫じゃらし。ここにくる前、雑草だらけの空き地から摘んできたのだ。


「ごめんね。おなか、空いてるのに…」


子猫は楽しそうに、揺れる猫じゃらしを追いかけていた。



ガサッ…



「!」


不意に聴こえた足音と、衣擦れの音。クロームは思わず肩をびくりと震わせた。


「「あ…」」


視線と視線がぶつかり合う。真っ黒な学ランと深緑のスカートが、そよそよと風に揺れた。


お互いに見つめ合ったまま、微動だにしない。何も知らない子猫は、クロームの手に握られたままの猫じゃらしで楽しそうに遊んでいた。二人の間には、何やらただならぬ雰囲気が漂っている。最初に口を開いたのは、大きな瞳を持つクロームだった。


「…雲の人」

「………」


元より口数の少ない二人だ。すぐにまた沈黙してしまう。

その時、不意に子猫がダンボール箱の中からにゃあと小さく鳴いた。そして、慣れない様子でダンボールの壁をよじ登り、箱の中からひょいと出た。その足は、迷わずある場所に向かっていて。クロームはじっとその様子を目で追った。

―――子猫の足が止めたのは、雲雀の足元だった。

クロームが、あっと小さく声をあげる。雲雀が手に持っていたのは、小さいサイズの牛乳パック。その側面には、しっかりと"動物用"と書かれていた。と、雲雀がどこからか小皿を取り出して、コンクリートの地面に静かに置いた。そこに動物用の牛乳を手慣れた手つきで注いでいく。子猫が、待っていましたと言わんばかりに小皿に飛び付いた。


「………」

「………」


2人は未だに無言のままだったが、重苦しかった空気はいつの間にか和らいでいた。クロームが、そっと雲雀の頭に向かって手を伸ばす。雲雀がわずかに目を見開いた。


「…何のつもり」

「雲の人…なんだか猫みたい……」


雲雀の頭を優しく撫でるクローム。雲雀はそんなクロームを睨み付ける。しかし、クロームはその視線には見向きもせずににこりと笑った。


「君もなんだか猫みたいだよ」

「…ありがとう」

「別に誉めてない」

「そう…。…雲の人、思ったよりも、優しい…」

「僕が?」


こくんと頷くクロームを見て、雲雀が苦笑いをこぼす。優しいだなんて、言われたのは初めてだったのだ。


「君は思っていたよりも変わった奴だよ」


くすり。クロームが笑う。それにつられて雲雀も微かに笑った…様に見えた。


にゃあ…


子猫が雲雀の体に甘える様に擦り寄る。雲雀が優しく頭を撫でてやると、子猫はゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らした。


「この子…貴方になついてる」

「それをいうなら君もだろ?」


雲雀がそう言うのとほぼ同時。子猫はクロームの胸に飛び付いた。


「その猫は僕が飼うよ。会いたいなら並中にくると良い」

「本当に?」

「君の住んでるとこでは、どうせ飼えないでしょ」

「…ありがと」


「ねぇ、この子の名前…私が考えても良い?」

「良いけど」

「じゃ…ソラが良い……」

「そら?」

「私達は、霧と雲…だから、」

「………」

「空は、二つを結び付ける…唯一の存在だと、思うから」

「ふぅん」

「うん…」


雲雀がフッと優しく微笑んだ。子猫がクロームの腕の中から、雲雀の肩へと飛び移る。


「次は六道に会わせなよね。彼には大きな貸しがあるんだ」

「…頼んでみる」

「じゃあね」

「さようなら…」


ヒラリと手を振って、雲雀が去って行く。クロームも手を振り返しながら雲雀を見送った。

これは、とある商店街の裏道での出来事だった。






裏道の猫達
集ったのは 三匹の迷い猫
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