どうやら王子さまには


「なぁオイ。知ってるか。チャイナもどきな胃拡張クソマウンテンゴリラ」

「お前ぶち殺されたいアルか」


神楽はきつい口調でそう言ったが、息は上がり、疲弊しきっていたその声にいつものような覇気はない。喧嘩と呼ぶには激しすぎる二人の戦いに巻き込まれ荒地と化した河原。そこに大の字で転がる神楽は、赤くなりかけた空をぼんやりと眺めていた。そして同じくその隣で転がる沖田総悟は、今日も相変わらず抑揚の無い口調でぽつりと、呟いた。


「俺、お前に惚れてるんだってよ」


遠くの方から聞こえていたどこかのクソガキの泣き声が一瞬止んで、また耳に届いた。神楽は、一度だけ目を瞬いた。沖田はそれきり何も喋らなくなって、川のせせらぎだとか近くを通るおばちゃんと犬っころの足音だとかがやけに耳につくようになる。

激しく体を動かした後の乱れた呼吸が落ち着くまでに、どれぐらいの時間があっただろう。クソガキの泣き声はいつの間にか聞こえなくなっていた。沈黙の後、神楽は口をへの字に引き結び、眉間に皺を寄せてなんとも言えぬ渋い顔をする。


「なんでい、その不細工な面ァ。泣くぞコノヤロー」

「勝手に泣いとけヨ」


フンと息をついて神楽は沖田に背を向けた。暴れているうちに汚れてしまったのだろう赤いチャイナ服の背中を一瞥し、沖田は頭の下で腕を組む。


「…んなモン、言われなくても知ってるアル」


ぼそり。聞こえた声に沖田がへェ、と相槌を打った。


「かぶき町の女王神楽様は美人で心優しくてよくできた女ヨ。世の男共が惚れないはずないアル」


ふてぶてしい言葉とは裏腹に、神楽は居心地悪そうに背を丸める。


「ふーん…」

「………」

「………」

「………」


再び沈黙。顔を合わせる度にあれやこれやと難癖を付けあっては喧嘩していた二人にとっては珍しいことだった。互いに喋ることも億劫になるぐらい疲れていた。けれど、それ以上に。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」











「っだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


どちらからとも知れない。沈黙に、気まずさに、自分の中で渦巻いてる何かに耐えきれなくなって二人はとうとう爆発するように声をあげてこの訳の分からない空気をぶっ飛ばした。


「テメー、黙ってんじゃねェや。なんか喋れくそ気まずいじゃねーかィ空気読めコラ」

「オマエが突然変なこと言うからダロがァァ!責任取ってオマエがなんとかしろヨ!レディーバーストしろヨ!」

「微妙に使い方ちげーしレディーファーストな。レディ破裂させてどうすんだ馬鹿だろお前馬鹿だろそうだなお前馬鹿だったわごっめーんすっかり忘れてた」

「表出ろクソサドヤロォォォ」


そこからはまたいつも通りだった。暴れて、揉みくちゃになって、川に落ちて泥だらけになって。疲弊しきっていたはずの体でこれでもかというほどとにかく暴れまわった。意味は無い。楽しいもつまらないも無い。そうあるのが当然のように、拳も得物も言葉も、持っているもの全部を馬鹿みたいに投げつけあっていた。

――好き、なのだろうか、私は、コイツを。そんな疑問が頭に浮かんだ時、神楽は傘を振り上げた体勢のまま動きを止めた。

確かに、沖田に抱く感情は他とは違う気がする。顔を見る度に、ムカムカしてイライラして腹が立って、なんていうかその顔を原型が無くなるくらいタコ殴りしてやりたくなる。他の奴に会っても別にそんなこと思わない。


「ちょ、やめて…マジでやめて傷付くから…こう見えて俺のハートガラスでできてるからマジで」

「知ってるアル」

「オイ」


神楽の保護者曰く中二とは人生で最も馬鹿と言われる時期だそうで、神楽からしたらあの天パこそ良い年してるくせして未だにかめはめ波練習してるあたりよっぽど脳内中二だと思うが、それはさておき、中二とはそう揶揄されるほどいろいろとまだ未熟で幼い成長過程の段階である。この星の人間に合わせるなら神楽はその中二真っ盛りの年齢だった。男としての好きを理解するには神楽はまだどうしようもなく子供で、沖田のことを好きか嫌いかと聞かれたら、男も何も関係なくぶっ殺してやりたいくらい大嫌いだと即答してしまうだろう。けれど、いつもの喧嘩の延長で息の根止めて本当にぶっ殺せるかと聞かれたら、神楽にはできると答えられる自信が無かった。だって、コイツがいなきゃ、そう、張り合いが無い。からしの付いてない納豆のように、性格悪くない沢○エリカのように、メガネ掛け機の無いメガネのように。別に無くたっていいけど無くちゃつまらない。物足りない。


「最後のただのメガネだろーが」

「そうとも言うナ」

「ったく、これだからクソガキの言うことはいけねェや。何言いたいんだかちっとも分かりゃしねェ」

「あんだと」

「…まぁ、でも」

「!」

「充分でさァ」


神楽の頬についた土汚れを拭ってやると、沖田はがばりと起き上がった。沖田に馬乗りしていた神楽は転げ落ちたが、バランスは崩したもののなんとか尻餅は付かずに踏み留まる。


「じゃーな。寄り道しねェで帰れよ」


背を向けて、ひらひらとこちらに手を振り去っていく。あんの腐れポリ公め。暗くなってきたから家まで送ってやるとか何とか気が効いたことは言えないのか。まったくレディーの扱いがなっていない。神楽は心の中で奴を罵った。


『充分でさァ』


そう言った沖田は、神楽が今まで見たことないような表情をしていた。普段の、ドS感たっぷりの憎たらしい薄ら笑いではない。穏やかな微笑み。


「…んだヨ、あれ」


頬に触れたその手つきも存外優しくて、なんだか変な感じだった。なんだアレ。なんだアイツ。意味分からない。


「あ」


何かを踏んづけた。見れば、真選組の隊服のあの上着だった。神楽のチャイナ服と同じように土に汚れていたけど、川に落ちる前に脱いでいたらしくびしょ濡れではない。それとは対照的に濡れた体に触れる風が冷たくて、神楽はぶるりと体を震わせた。


「…フン。しょーがねーナ」


ジャケットを拾い上げて肩に羽織る。仕方ないから、次会った時に返してやろう。何せ美人で心優しくて良くできた女の神楽様である。ちゃんと新八に洗濯だってさせてやる。


「感謝するヨロシ」


土に汚れた黒いジャケットをはためかせて家路を歩く。重厚な見た目だけに風はあまり通さず暖かい。ちょっと汗臭いのがたまに傷だけど、これを着ると少しだけ大人に近付けた気がして気分が良かった。


『俺、お前に惚れてるんだってよ』


ふわりとジャケットの袖が風に揺れた時、神楽の頭の中でその言葉が蘇った。立ち止まって、半分無意識で神楽はジャケットの端っこをきゅっと掴む。


(…例えば、あいつが酢昆布百年分持って土下座して頼んできたら、まぁ、私も好きになってやらんこともないアル)


なんて考えて、少しだけ顔が熱くなった。いやいやいや、今のナシ。ナシで。自分で考えたことに恥ずかしくなった神楽はそれを振り払うように駆け出した。万事屋では銀時や新八が帰りが遅いと怒っているかもしれない。はやく、帰らなきゃ。



 ◇



「…ぶぇくしっ」


猫背気味に歩く沖田は、垂れてきた鼻水を息ごとずるると吸い込んだ。

途中で巡察を放り投げてその後連絡がつかなくなってしまった部下に真選組副長様はかんかんに怒っているに違いない。怒鳴られるのには慣れているので今更痛くも痒くもないが、面倒だ。沖田はうんざりとした顔で溜め息をつく。溜め息をつきたいのは恐らく土方の方であろうが、沖田にとっては死ぬほどどうでもいいことだった。


「あー、さっみいー…」






どうやら王子さまには向いてないらしい


140302

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