さよならのあとに


(未来設定)


――第四次忍界大戦、終結。

死闘の末、忍連合軍は勝利を果たした。今回の戦の首謀者とも言うべきうちはマダラの勢力は全滅し、月の眼計画は失敗に終わる。

そして、一ヶ月後。木の葉総合病院では今日も忙しなく人の往来が繰り返されていた。五大国の中でも特に医療環境が整っている施設として、そこでは戦争で怪我を負った忍達を大勢診ている。その為、医師達は一ヶ月間休む間もなく働きづめだった。木の葉隠れの医療忍者として優秀な腕を持つ春野サクラも、それは例外ではない。


「ああーッ!肩凝った!」


ほんの少し仕事が落ち着いてきたところで、一時間程度の休憩をもらったサクラは大きく伸びをしながら久しぶりに病院の外に出た。爽やかな外の空気と暖かい太陽の光を浴びるだけで、溜まり込んでいた疲れが和らいでいくようで気持ちいい。隣から聞こえる賑やかな声に視線を向ければ、お見舞いだろうか、小さな子供が母親と一緒に病院内に入っていく。子供の顔に笑みが浮かんでいたのが見えて、サクラは表情を柔らかくさせた。


「! わっ」


余所見をしていたせいか正面から何かにぶつかってしまい、サクラは痛みに額を押さえた。カタッと軽い音がしたわりにぶつかったものはけっこう固かったな、なんて思いながら顔をあげる。そして、大きく目を見開いた。


「えっ…?」


鮮やかな赤毛に、琥珀色の瞳。奇妙なまでに整った顔立ちは、忘れたくても忘れられない程にサクラの記憶に深く刻み付けられている。そんな、なんで、こいつがこんなところに――…


「おお、サクラじゃん」

「か、カンクロウさん!?」


聞き覚えのある声と特徴的な口調に、サクラは大袈裟に声を張り上げた。そこにいたのはこれまた特徴的な格好をした知り合いの男で、目を丸くさせてしまう。そこでサクラはようやく気付いた。そうか、この"傀儡"はカンクロウさんのものになったんだ。


「カンクロウさん、どうしたの?木の葉の病院に何か用ですか?」

「ああ、砂隠れの里にしか咲かない薬草を届けにきたんじゃん」

「へえ、お疲れ様です。…ってちょっと待って!もしかしてこれ持って病院に入るつもりですか!?」


これ、と言ってサクラが指を差したのはカンクロウの隣に立つ赤毛の傀儡だった。病院内にはたくさんの人がいるからこんなものを持ち込んだら邪魔だし、間違いなく怖がられてしまう。そう伝えれば、カンクロウは少し面倒くさそうに頭をかいたあとに何食わぬ顔でサクラに向かって口を開いた。


「お前、暇?」



 ◇



(カンクロウさんのバカ…ッ!)


病院の敷地内にある木陰の下のベンチに腰かけたサクラは、心中で憎々しげに呟いた。その隣には、かくんと首を垂らしたまま無造作に座らされた傀儡がある。薬草を渡してくるちょっとの間だけそいつを預かっていてくれ、そう頼まれたサクラは渋々ながらもそれを引き受けたわけなのだが……


(何が嬉しくて殺されかけた奴(の体)と一緒に貴重な休憩時間を過ごさなくちゃいけないわけ!?しゃんなろー!)


膝の上にぶるぶると震える拳を乗せて、なんとか怒りを抑え込む。そんな姿に反応したように傀儡がカタリと音をたてた。

赤砂のサソリ。かつては砂の天才造形士と呼ばれ活躍していたが、15歳で里を抜け暁に入る。人傀儡を作れる唯一の人間で、自らの体までも傀儡に改造し――、最期は自分が作った両親の傀儡に本体を壊された。

これが、サクラが彼について知っていることの全てだった。過去に何かあったのだということはなんとなく分かる。分かるが、別に知ろうとは思わない。思うことと言えば、彼が自分と同年代の頃は本当にこんな顔をしていたのだろうか、なんてことぐらいだ。ここまで完璧に整った顔だと逆になんだか不自然な気がするんだよなあ。そんなことをぼやきながら、俯いたその作り物の顔を覗き込む。


「人の顔をジロジロ見てくるんじゃねえよ」

「そうそう、今にもこんな感じの小憎たらしい声が聞こえてきそうよね………え?」

「小憎たらしいのはお前の顔の方だろうが。小娘」

「なっ、え……は?」


聞こえるはずのない声。それが確かに自分の耳に届いたのが分かって、サクラの思考回路が停止した。カシャンと音をたてて、端正な顔を乗せた首がこちらを向く。ビー玉のような瞳が太陽の光を映しとって、キラリと光った。


「っ!」

「…そう警戒するな。今更お前を襲う気も、理由もない」


我に返ったサクラが常備しているクナイに手を伸ばした時、サソリは初めて対峙した時と同じような淡々とした口調で言った。そこに敵意が感じられなかったため、いくらか警戒を解いたサクラが怪訝そうに問いかける。


「あんた、死んだはずじゃなかったの?どうして意識が…」

「知るか。気付いたらここに座っていた」


自分の目で、サソリの本体が刀に貫かれ死んでいくのを見ていたサクラはいまだにこの状況が上手く飲み込めていない。それはどうやらサソリも同じようなのだが、如何せん人形の体のため無表情なその顔からは戸惑いも焦りも感じられない。けれど、以前戦った時とは違う何かをサクラはその琥珀の瞳から朧気に感じとっていた。


「…長いこと俺の器となっていたこの体に、その魂の残りクズでも残っていたのかもな」

「…………」

「それが何故、今このタイミングで目覚めたのかは知らないが」

「…私だって知らないわよ」


静かに寄越された視線から逃れるようにそっぽを向いて答える。そんなことを聞かれたってサクラにだって分からない。どうしてよりにもよってカンクロウではなく自分がいる時に喋りだすのか。寧ろサクラの方が聞きたいぐらいだった。


「…おい」

「何よ」

「………チヨバアは、死んだのか」

「!……、ええ」


前方に見えるフェンスに視線を向けたまま吐き出されたその問いに、サクラは一瞬言葉に詰まった。サソリに最後のとどめを刺した、強く優しい老婆の姿が頭を過る。彼女はサソリとの戦いが終わった直後に風影を蘇生させた代償として命を落としていた。血の繋がった祖母が死のうとどうでもいいとまで言い切っていたサソリが、今になってその名を出したことを意外に思う。


「クク…。そうか。やはりあのババア、死にやがったか」

「ちょっ、そんな言い方…!!」

「お前に、頼みがある」

「は?」


唐突にそんなことを言われて、またもサクラは頭に疑問符を浮かべた。それまで景色を眺めていた文字通り"作られた"顔が、再びサクラの方に向く。


「砂隠れへ行け」

「はあ?」

「チヨバアの家。一番上の階の部屋。写真がいくつか飾られているはずだから全て燃やしてこい。一つ残らずな」

「燃やしてこいって、なんで私が。意識があるなら自分で行けばいいじゃない」

「俺は死んだはずの暁メンバーだぞ。容易くうろつけるわけねぇだろ」

「それはそうだけど…」

「それに、時間もないみたいだしな」

「え?」

「…いいから行け。ババアの墓参りついででいい」


明らかに人にものを頼む態度ではなかったものの、サクラは小さく頷いた。それに満足したのか、サソリはサクラから視線を外して今度は澄んだ青空をその琥珀にとらえた。穏やかな風が、少しうねり気味の赤毛を撫でる。


「まともに空を見たのは何時ぶりだったか、」

「………」

「この空は芸術的だな。いつまでも在り続ける、永久の美だ。…まあ、お前みたいな小娘には分からんだろうが」

「うっさいわね!」

「…おい」

「今度は何よ」

「お前の名前、言えよ」

「……サクラ。春野サクラよ」


なんで今更自己紹介なんか。内心つっこみをいれつつ素直に答えている自分に驚く。敵だったのに、殺されかけたやつだったのに、いつの間にか普通に会話していた。


「桜か…。ブスな顔をカモフラージュするには最適な名だ、な」

「ぶっ…!?」

「…………」

「…? どうしたの?」

「写真、燃やしておけよ」


流れる空気がどことなく変わったのを感じとって、サクラはサソリの顔を覗き見た。静かに目を伏せるサソリはやはり一つの芸術作品であるかのように美しい。美形はずるいな、なんて場違いなことを思った。


「こうして自分の体が動かなくなっていくのを感じるのは三度目だが、やはり慣れないな」

「!」


体が動かなくなっていく。それはつまり、そういうことなのだろう。


「何度経験しても…、心地よく、感じる」


今度こそ、本当の眠りにつくのだろう。もう二度と目覚めることはない。本当に、どうして自分がその最後の瞬間に立ち会わなければいけないのか。


「チヨバア様に、会えるといいわね」

「は…、ふざけんな。会えるわけ、ねえ、だろ」


自嘲めいた言葉とは裏腹に、その表情は酷く穏やかで。こんな顔もできるんじゃない。本当に美形ってずるい。と、やはりサクラはその場に合わない言葉をもらす。


「…………」

「…………」


カタリコトリとゆっくり響く機械音。歪なその音色は、子守唄のように自然と胸の奥に馴染んでいく。


「…春野、サク、ラ、―――……」

「!」


強い風がサクラの髪を揺らした。木の葉が宙を泳いで、視界を遮る。――そして、風が止むのと同時に、カシャンと乏しい音をたててその傀儡は地面に崩れた。


―――ありがとう


気持ち悪いぐらいに素直なそんな言葉が、聞こえた気がした。



 ◇



二ヶ月後。サクラは一人、チヨバアの墓前に花を手向けていた。あの木陰の下での出来事は、夢だったと思っている。だからカンクロウにも伝えていない。ずっと自らの心に留めておいた。けれどどうしてかサソリからの頼み事だけは夢の中の話にはしておけなくて、こうしてサクラは砂隠れの里にやってきている。

サソリが言った通り、チヨバアの家の一番上の階の部屋にはいくつもの写真が飾られていた。その中の一つを手に取り厚く覆われた埃を払えば、そこにいたのは無邪気な笑みを浮かべる赤毛の小さな子供。その隣には、夫婦とおぼしき男女と若いチヨバアの姿もあった。年期が入り随分と褪せてしまっているが、その写真からは幸福が滲み出ているのが一目で分かる。小さな胸の痛みを感じながらも、サクラはそこに火を点けた。

もう、写真の中にあった過去を知る者は誰もいない。サソリが何故写真を全て燃やせと言ったのかサクラには分からないが、これで彼も満足だろう。

墓前に向けて小さく手を合わせると、サクラは静かにその場所を去っていった。






さよならのあとに
孤独の君に 紫羅蘭を贈る


121210

(補足と言い訳)
実はこれ結構前に見た夢が元ネタなんですが、あまりの長さに途中から飽きて最後の方は適当になってしまった感が否めません。本当はもっと考えてるネタあったんですけどね。サクラちゃんが「あんた本当に変わったわね」って呟いて「生意気な後輩に説教叩かれてな」とか言ってフッて笑う旦那とか(旦那が話の中であんなに穏やかなのはカンクロウに永久の美の本当の在り方を教えてもらったからというつもり)、「木の葉の里は、皆、笑ってんだな」って自分の少年時代を思い出す旦那とか、それに対して「昔は知らないけど今は砂も笑顔で溢れてるわ」って返すサクラちゃんとか。しかし上手く織り込めなくて断念。ちなみに金盞花と書いてキンセンカと呼ぶこの花の花言葉は"永遠の愛"だそうです、一説では。とりあえず旦那ごめん大好きです。◇金盞花から紫羅蘭に変えました。◇タイトルは「確かに恋だった」より。
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