ボードのきもち


※愛之介と忠のボード名は、公式Twitterの『ボードに名前をつけるなら?』で声優さんが回答した名前を採用しています。


 ここに一台の華美なスケートボードがある。
 デッキの中心に心臓を模した真紅のハートがあり、二本の闘牛用のエストック(剣)が対となるようにハートの上部を貫いている。それらの下にはモダン調の旗があり、“Till Death Us Do Part(死がふたりを別つまで)”という文言が描かれている。色彩としては動脈を連想させる赤、静脈を連想させる青のグラデーションが特徴的である。それらは図柄や色彩といい、見る者に強いインパクトを与える、鮮鋭的なデザインをしていた。
 所有者である神道愛之介から『アルファド』と名付けられた、このボード。彼は世にも不思議なことに、人間のような意識を持っていた。声帯らしき器官はないはずだが、自在に喋ることもできた。
 アルファドはいつも愛之介が寝静まった真夜中に、こっそりと活動を始める。

「さあ、始めようか。」
 
 アルファドはそう呟き、器用に保管庫から抜け出した。彼は愛之介の部屋を自走して抜け出し、庭先のプールへと向かう。
 水の抜けたプールは、スケートを嗜む者から見ればボウルと呼ばれる一種の練習場となる。そしてここは自我のあるボードたちの、隠れた集会場でもあった。

「いるか?1号。」
「はい、アルファドさま。こちらに。」

 アルファドの呼びかけに答えたのは、純白のデッキに白蛇が描かれたスケートボードだった。所有者の菊池忠から『相棒くん1号』と名付けられたボードは、恭しくノーズ(デッキの前方側)を下げて応えた。

「今夜は名前さまもいらしています。」
「こんばんは、アルファドさん。」

 『名前』と呼ばれたボードは、シンプルなデザインでいながら美しい。慎ましく女性的な声質をしているのは、所有者である神道家当主の妻、名前に影響されていると思われた。
 アルファドは所有者と同様に彼女をとても愛していた。彼はウィールを情熱的に回転させ、デッキの側面を名前のそれと嬉しそうにくっつけた。所有者の愛之介と同じく、愛を込めた彼なりのハグをしていった。

「名前、会いたかったよ。」
「ふふ、私もです。」
「所有者にひとつ不満があるとすれば、名前と一緒に保管してくれないことだ。保管場所を同じにしてくれたら、君といつも一緒にいられるというのに。」
「アルファドさんはいつも情熱的ですね。」

 名前はアルファドの溢れんばかりの愛情表現を、いつも優しく受容する。その様子は主人をたっぷり甘やかす夫人然としたものだ。相棒くん1号こと、1号は蜜月を迎えた夫婦ような光景を、実に優しげに見守っていた。

「1号、何している。お前も来い。」
「そうですよ。こちらに来て、一緒に滑りましょう。」

 仲睦まじいふたりから声をかけられ、1号は驚いたようだった。彼はウィールをためらいがちに動かし、ノーズをやや下げている。主体性がなく、自己主張がとことん控えめなのは所有者たる忠によく似ていた。

「しかし……私ごときが身を寄せても、よろしいのでしょうか……?」
「いいに決まっている。……僕の名前である『アルファド』はアラビア語で『孤独なもの』を意味する言葉が由来らしい。だが、今の僕には特別で大切なお前たちがいる。僕は幸せ者だ。」
「アルファドさん、」
「アルファドさま……!」

 こうしてアルファドのデッキの右側には1号、左側には名前がくっついた。
 それは偶然にも、所有者の愛之介の立場と同じ構図になっていた。右腕として生涯の仕事のパートナー、左腕として生涯の愛を誓った伴侶が収まる。彼らは所有者たちの性質や立場を、これ以上ないくらいに見事に体現していた。
 かくしてボードたちは時間が許すかぎり、仲良くトラックを揺らし、ウィールを回転させて一緒に滑った。
 情熱的に、それでいて実に楽しそうに。

「名前、1号。今夜は僕の保管場所に行こう。僕の持ち主を驚かせたい。」
「アルファドさま、それは身に余る光栄ですが……、」
「嬉しいけど、ご主人さまたちに気味悪がられてしまうんじゃないかな……?」

 名前と1号は不安そうに呟いた。気味悪がられ、燃やされてしまわないだろうか。過去のこともあり、特に1号はノーズを下げて不安そうにしていた。
 するとアルファドは鼓舞するように告げた。テール(デッキ後方側)を傾け、トラックを揺らしてウィールを回転させる。その様子は議会で熱心な答弁をする愛之介の手ぶりによく似ていた。

「大丈夫だ。こうやって行動すれば、保管場所を一緒にしてくれるかもしれないだろう?僕は名前や1号といつも一緒にいたい。お前たちは?」
「もちろんです。どこまでも、アルファドさまとご一緒に。」
「私も同じよ。ふふ、私たちの気持ちがご主人さまたちに届くといいね。」

 アルファドの熱意に同意し、彼らは嬉しそうにウィールを回転させた。ボードたちによる、世にも不思議な会合。平和で幸せな雰囲気のまま、夜は更けていった。



 翌日。愛之介は自室にあるスケートボード用の保管棚の扉を開いた。すると彼の視界には、不思議な光景が飛び込んできた。

「名前と忠のボードがあるな。一緒に保管した記憶はないが……何故ここにあるんだ?」

 愛之介は首を傾げた。保管しているのは彼の所有するボード、『アルファド』だけのはずだった。しかし現状はアルファドの隣に、名前のボードが置いてある。その一段下の棚には、まるで仕える夫婦を見守るかのように忠のボードが置いてあった。
 デッキの側面を密着させた二台のボードはとても仲睦まじい夫婦のようであり、一段下にあるボードはそれを優しく見守っているかのように鎮座している。愛之介には、少なくともそう感じられた。

「愛之介さん、どうしたんです?」
「いや……名前、ここにボードを保管したか?」
「いえ、自分の部屋に置いています。スペースを取ったら申し訳ないと思って。でも……あれ?ここに私のボードが置いてある……?菊池さんのもあるし、どうして?」

 世にも不思議な現象、一夜の奇跡に名前も首を傾げていた。愛之介はしばらくボードたちを眺めていたが、やがて朗らかに提案した。

「名前、今度からボードは一緒に保管しよう。忠にもそう伝えておく。」
「いいんですか?」
「ああ。……名前と忠、お前たちは特別だからな。」
「ありがとう、あなた。明日はお休みだし、もしよければ今夜一緒に滑りませんか?もちろん菊池さんも交えて。」
「いい案だな。今夜、三人で一緒に滑ろうか。」
「ええ、喜んで!」

 愛之介は優しく保管棚の扉を閉めた。今夜の楽しみに向け、先に仕事を片付けるために。
 この時、保管されたボードたちのウィールが一斉に、実に嬉しそうに一回転したことを神道夫婦は知らない。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -