「テーツーヤ〜」
「姉さん…酔ってますね」

我が愛しの弟、テツヤは「酒臭いです」と呟きながら肩にかけていた鞄をリビングの床に置いた。私は手にしていた缶ビールを机の上に置き、ソファから立ち上がる。

「部活お疲れ〜」
「母さんは?」
「寝たよ〜ん」
「早いですね…」
「いやいやいや、いつも私のせいで遅くまで起きてるみたいだし、早く帰ってこれた時ぐらい寝かせたくて」

私が苦笑を浮かべれば、テツヤは「そうですね」と頷く。私は論文制作のために遅くまで大学に残るため、帰りがとても遅くなるのだ。母さんは大丈夫よと言ってくれているけれど、流石に今日みたいに早く帰ってこれた時ぐらいは私が家事をするようにしている。

「テツヤ〜、とりあえず部屋に荷物置いて着替えてきな〜。姉さんご飯作ったるから」
「酔っぱらいのご飯ですか……?」
「おいおい、喧嘩売ってんのか?買うぞ?言い値で買うぞ?」
「冗談ですよ」
「冗談を真顔で言うな」

テツヤはくすりと笑むと、鞄を手にしてリビングを出ていった。少しして階段を上る音がする。私は残ったビールを飲み干してからキッチンに立つ。酔ってはいるけど、そんなに酷くはない。料理ぐらいなら平気だ。

テツヤは部活の後にそんなにバカスカ食えないから出来るだけさっぱりしたものを中心に献立を組む。あまり胃に負担がかからないものが好ましい。

「名前姉さん」

しばらくすると二階からテツヤが降りてきた。部屋着に着替えている。テツヤはキッチンに入ると私の手元を覗く。

「ちょっとテツヤ、姉さん今料理中よ。しかも酔っぱらいよ」
「はい、分かってます」
「うーん、本当に分かってるのかねぇ〜…」
「久しぶりじゃないですか……」

テツヤの手が、私の包丁を握る手に重なった。ひんやりと冷たい手。他の人よりは小さくても、ちゃんと男の手。

「姉さん、帰りが遅いから…全然会えないし」
「………うん、ごめんね」
「それに、今、母さんは寝てるんですよね?」
「え、うそうそ。ダメだって」
「いや、ですか?」

そんな目で見ないでほしい。
ダメだなんて言えない。

いや、本当はダメなんだ。
世間一般的には、ダメなんだ。
ダメなんだけれど。
でも。
それでも私たちは姉弟以上の関係を求めてしまう。

「家に母さんがいる時はしない約束……じゃんか」
「だって、家に母さんがいない時は姉さんも家にいないから」
「ろ、論文が………」
「分かってます。でも、だから、姉さんは先に母さんを寝かせたんですよね」

ダメだ。
テツヤには全部筒抜け。

私は包丁から手を離した。
それと同時に、テツヤに押し倒される。換気扇が視界に入った。ああ、掃除しなきゃ。
そんな場違いなことを考えていると、愛しの弟が顔を寄せてくる。そっと瞼を下ろせば、微かに微笑が耳をかすった。

私とテツヤだけのヒミツ。


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