「お兄さま!」

アカデミアの廊下を歩く背中に走り寄る。あのマントはユーリお兄さまのものだ。

ユーリお兄さまは私の声に足を止め、こちらを振り向く。

「ああ、名前。どうしたんだい?」

ユーリお兄さまの笑みはとても冷たい。それは仲間に対しても、血をわけた家族でも変わらない。私はそれでもいい。
信じられるものがあるというものは、とても心強くある。私にとって信じられるものとは、お兄さまのこと。
お兄さまは私の誇りだから。

「あ、用は特に無いんです……見つけたから、つい声をかけてしまい…」

本当に用は無かった。
お兄さまと会えることは少ないから、つい声をかけてしまったのだ。

私の言葉にユーリお兄さまは眉一つ動かさない。
怒っているのだろうか、喜んでいるのだろうか。

「そう」

それだけだった。

ああ、そうだ。
ユーリお兄さまが何かを思うわけない。何も思ってないんだ。

私は一度もユーリお兄さまに怒られたことがない。誉められたこともない。お兄さまは私に興味がないから何も言わない。

でも、私にはお兄さまが絶対。

お兄さましかいない。
大切な人はお兄さましか。

デニスはよく声をかけてくれるけど、あの上っ面だけの笑顔は嫌い。
セレナは私とは違って、積極的だから、ウマが合わない。
アカデミアの戦士たちもみんな、私を眼中にも入れてくれない。

私にとって家族はアカデミアの仲間ではなく、ユーリお兄さまだけだから。

私は何もしなくても、その背中を追えば全てが上手くいく。私の道標。

「お兄さまはこれからどこにいかれるんですか?」
「秘密だよ」

ユーリお兄さまはマントを翻し、歩き始めた。
私はその背を追いかける。この背中についていけば、私は歩ける。迷わない。

しかし、ユーリお兄さまは廊下を曲がったところで足を止めてしまった。

「お兄さ」
「いつまで僕についてくるんだい?」
「あ」

再び歩き出すお兄さまの背中を追いかけることは出来ない。
お兄さまがついてくるなと仰るなら、それは私の絶対。だから終えない。
道標が、消えてしまう。

誰もいなくなった廊下、私は壁伝いにへたり込む。眼前は真っ暗闇で何も見えない。

「お兄さま……お兄さま……」

そしてまた、近くをお兄さまが通るまで、私はこのまま泣き続けるのだろう。


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