「恭弥、怪我してるじゃない」

遅くに帰ってきた恭弥に駆け寄るとぎらりと睨まれた。
ほんとこの子は万年反抗期なんだから。

「別に、僕は怪我していないよ」
「ではこの血はなに?」
「風紀を取り締まっただけさ」

つまり、また喧嘩をしたのね。
並盛の風紀を護るのはいいことだけど、血が流れる行為は慎んでほしい。

「あんまり無茶はしないでね」
「無茶?僕は無茶なんてしていないさ。咬み殺しただけ」
「はいはい。早く流してきなさい」

殺気を隠さずに淡々と話す恭弥の背中を押す。お姉さんにはそういうの効かないって、早く分かってくれないかしら。
赤ん坊のころから知っているんだから、今さら怖がったりなんてしない。今でもうわんうわん泣いてた時代の恭弥を思い出せるわ。あの頃は年相応で可愛かったなぁ。

気付けば私のこと呼び捨てにしはじめてるし、身長も追い越されてしまった。恭弥も高い方ではないけれど。

「名前」

渋々といった様子で恭弥は風呂場に向かう。私は彼の着替えを手に、その後ろを着いていく。
その時、恭弥がこちらを振り向いた。
どうしたの? と聞けば、恭弥は相変わらずの無表情で口を開く。

「今日の夕食は?」
「ハンバーグがよかった?」

彼の好物を思い出しながら言うと、恭弥は何も隠すことなく頷く。ほんと、ハンバーグに対する照れとかはないのね。子供っぽいとか思わないのかしら。

「残念ね。今日は和食なの」

いい甘鯛が手にはいったからそれを中心に和食にしてしまった。恭弥は和食も好きだし、良いと思ったのだけれど、やっぱりハンバーグがいいのかしら。

「そう。和食好きだからいいよ」
「偉そうね」

作って貰う側のくせに、上から目線じゃない。まぁ、私は好きで作っているだけだけど。我が家には専用の料理人がいるし、任せてもいいんだけど、いつか嫁ぐ身としては料理は捨てられない。家事はできるだけ自分でやるようにしている。

「僕、名前の作るハンバーグ、結構好きだから、食べたかっただけ」

突然かけられたその言葉に、思わず目をぱちくりしてしまう。
今のは、可愛くない弟の珍しいデレなのだろうか。

判断に困っていると恭弥は風呂場に入ってしまった。私も慌てて後を追いかける。
私のことなんて気にならないように服を脱ぎ出す恭弥を尻目に、着替えをかごにいれる。

「ふふ」
「なに笑ってるの」
「なにも。明日、早く帰ってきたらハンバーグにしてあげる」
「それ、嘘じゃないね」
「嘘じゃないわ」

「そう」 恭弥は私に血まみれの制服を渡し、浴場に入っていった。
血は手洗いで落としてから洗濯機に入れないと、固まってしまうから。
仕方ないと割りきりつつ、私は洗面所で手洗いを始めた。
浴場からはシャワーの音が聞こえる。

「楽しみにしてる」

シャワーに紛れて聞こえた可愛くない弟の言葉に、思わず笑みがこぼれる。

「ええ、楽しみにしていて」

明日はきっと早く帰ってくるから、とびきり美味しいハンバーグを作ってあげよう。


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