音也は雲の上の存在みたくなってしまった。
一緒の施設で育った彼は、今や国民的アイドル。たくさんのファンもいる。それが私にはいまいち理解できないでいる。

だって、同級生の友達がいきなり音也の話とかしだすんだよ?まったく音也に接点無かったはずの子が。
あの歌のどこがよかっただとか、新しいPVのどこが可愛いかとか。
私は曖昧に頷くことしかできない。友人に渡されたCDは聞いていないまま部屋に置いてある。ノイズまじりの音也の声なんて聴きたくなかった。

私は音也のいない日常を寂しいながらも過ごしている。今さら時間なんて戻せないし、音也の夢の邪魔だけはしたくなかったから。

つまらない学校生活には飽き飽きして、どこか刺激を求めている。

そんな私のところに彼は来た。

「迎えに来たよ!!」

昔と変わらない無邪気な笑みを湛えて。

彼は芸能人らしくフードを深被りしているが、私には無邪気な笑みがしっかりと見てとれた。

「なんでここに……」

アパートの玄関にトップアイドルがいるなんて知ったら、多分ここは大騒ぎになるな。その上、私の居場所がなくなる。

バレてしまうのが怖いはずなのに、追い返すなんて選択肢は私には無かった。

音也だ。
音也が今、目の前にいる。

きっと流れると思っていた涙は流れなかった。
やっぱり、私の隣に彼がいるのは、どれだけ間が空いていても当たり前のことなんだ。そう、再確認した。

「名前、一緒に行こう!」
「……え?なにが?」

音也は私の手を掴み、力強く言う。私はいまいち意味がわからなくてただ首を傾げた。

「だから、名前が俺のマネージャーになるんだよ!」
「………へ?」

いきなりの発言に素っ頓狂な声が出てしまった。音也はまた一つ笑みを浮かべ、私の腕を引く。

「俺、また名前と音を作りたい。施設の中で二人で歌ったの覚えてるよね!?」
「う、うん」
「あの時みたいに、また二人で音を奏でたいんだ。役割は変わるけど…」

音也は私の手をぎゅっと握り、こちらを見つめてくる。
そんな捨てられた子犬みたいな目をしないで。

「もし、名前が嫌じゃないなら一緒に来て。そのために迎えに来たんだ」

マネージャーなんてなにをすればいいか分からない。
分からないけれど、音也の側にいたいのは分かっていたから迷わなかった。

「うん…!!私、音也と行く!!」

私が間髪入れずに答えれば、音也の顔は見る見る内に笑顔になっていく。

神様が、私の元に降りてきてくれたんだ。音也っていう神様が。
音也はいつも私を幸せにしてくれる。だから大好きで、大切で、私も彼を幸せにしたい。
私がマネージャーになることを彼が望むなら、精一杯応えたい。

「また、二人の音を作ろう!」
「うん…!!」

一度途切れてしまった音をまた二人で紡いでいきたい。
そしてそれを世界中に届けるんだ。
音也が私を歌で笑顔にさせてくれたみたいに、今度は私たちで世界中の人を笑顔にしたい。