空も白も、昔から私が知る由もない世界をいっぱい知っていた。
もしそれが生きている中で意味をなさない娯楽のためのものだとしても、私にはそれが羨ましくてたまらなかった。
空と白の二人には、この世界よりもうんと大切な世界を知っている。
それを知りたかった。
私も、彼らのように。
いや、そんな大それたことは言えない。
ただ、少しでもいいから彼らに近づきたかったのだ。
ああ、きっとこれもワガママみたいなものなのだろう。
それでも私には、空が素敵で、白が素敵で、【 】が素敵だった。
「私、空が憧れなの」
彼はその言葉に目を丸くした。
それから「参ったな」と呟き頭をかく。
白はいつものようにパソコンに向かっている。
きっとまたオンラインのチェスで世界中の猛者達を叩きのめしているのだろう。
ヘッドフォンを付けているからきっとこちらの声は聞こえてないだろう。そう信じて口を開いた。
「私ね、空が大切でね、あ、もちろん白も大切で。でもやっぱり二人は私の手の届くところにはいない。だから、私は空たちの世界を見てみたい。憧れなんだよ。なりたい相手なんだよ。私にとって空は」
空は一度口を一文字に結んでから、いつもみたいな飄々とした笑顔を浮かべた。
空っぽの笑顔。これでこそ空。
「あのな、いいか、名前。俺はこんな恥ずかしいこと一度しか言わないからな」
「うん」
「むしろ一度でも言うことに感謝しろよ」
「うん」
「普通はこんなこと言っていいのはイケメンだけなんだぞ。覚えとけ」
私にして見たら、空だって十分かっこいいのになんでそんなに自分を卑下するんだろう。
でも、そんなところが空らしくて私は好き。
というか、空のかっこよさを知ってるのは私と白だけでいいんだ。
「俺はな、白と同じくらいお前も大切なんだよ」
「なにそれ。初耳」
「言ってないからな」
いきなりズルい。
空って、無自覚なのか計算し尽くされてるか分からない。
だから、嬉しいのに喜んでいいのかわからないんだもん。
私がむくれたまま空を見つめると、彼は眉をハの字にして頭を撫でてきた。大きな手のひら。この手は何度ゲームに勝ってきたのだろう。
「だからな名前、俺はお前を俺たちみたいにしたくない。分かるか?」
「なにそれ……。わかんないよ…」
勝手に自己完結されても私はわかんないよ。
私には空みたいに心理を見抜けたり出来ないし、人を操ることが出来るような口頭戦術なんてないもの。
白みたいに高度な計算なんて出来ないし、それを生かす技術なんてないもの。
だから、二人みたいになれるわけない。
根本的なスペックが違う。
むしろ、なれるものならなってみたい。
「逆に俺にとってはお前の方が憧れだよ」
「私なんか、なにも無いよ?空たちのがたくさん持ってるよ」
「リア充ってだけで十分すごいだろ」
「………」
なにも言えなかった。
なにも言っちゃダメだと思ったから。
皮肉だね。
お互いがお互いの世界に憧れてるなんて。
そんなのもう、どうしようもないね。
「そうだね…空と私は違うもんね……」
私の言葉に彼はついに黙ってしまった。
「うまくいかないよな」そう呟くのが聞こえたが、何も追及しないことにした。