「ねぇ、こんな世界なくなればいいのにね」

珍しいなと空は笑った。
そう思うのも当然か。今までの私はまさしく「リアルが充実」していたのだから。

空の部屋は真っ暗闇で、ずっとずっと煩わしく思っていたはずなのに、今はなんか、とても落ち着く。
ああ、やっと空と白の気持ちが分かったよ。

「で、何かあったんだろ?」

空はベッドの上でシーツにくるまる私の隣に座る。ぎしりと寝台が軋んだ。
白は床で毛布に丸まって寝息をたてている。相変わらず可愛いな。

「空、笑わないでね?」
「笑わねぇよ」
「笑うよ」
「じゃあ、笑うから言えって」

笑わないでね と言いながら、空には笑い飛ばしてほしいと思っている私がいる。多分、そっちのが気が楽だ。

「私ね、今、いじめられてるの」
「ああ」
「……笑ってよ」
「はははは!!」
「……」

空は本当に笑い飛ばした。
流石というか、なんというか。
きっと、私の心理を見通して笑ってくれたんだろうけど。

空は昔からそうだったから。
どちらかと言うと、他人に合わせるのが得意な空っぽの器。
今も、私に合わせて、私が何を望んでいるのかを察して笑った。

「友達がハブられてたから助けたの」
「解せん」
「私には当たり前のことなの。空だって白がハブられてたら助けるよね?」

例え話でそう言えば、空は私の気持ちを理解したのか少しだけ顔を引き締めた。
分かってくれたのならいいや。

「あーあ、なんでだろ。私、何かいけないことしたかな?」
「いーや。お前が善人過ぎたんだよ」
「なにそれ」
「そういう世界なんだって。善人が虐げられたりしてな」
「最悪な世界だね」
「だから昔っからそう言ってんだろ?」

そうだ。
空たちは昔から言っていた。
この世界は最悪だって。

何をバカなことをって思っていたのに、今やっとその言葉を理解できた。

確かに、最悪。

「だから、名前も逃げるぞ」
「え……?」

空は私の頭を軽く撫でた。
大きな手のひらは、マウスの持ちすぎで、少しだけ形が変わっている。

「だから、現実世界から逃げるんだよ」
「現実逃避ってこと?」
「ああ、決まってんだろ?」

空は私の手を引き、立たせてくる。私はその手に従い立ち上がった。

「さあ、現実なんて忘れちまおう」

彼は私をパソコンの前に座らせた。
いつも二人がやっていたオンラインゲームをやれとでも言うのか。

不安になって空を見上げると、彼はふっと笑う。

「忘れるな。お前には【  】がついていることを、な」

ああ、こんなにたくましい言葉があるものか。

私は震える手でマウスを握る。

クリック一つで、私は現実世界にさよならを告げれる。

「ああ」

カチリとクリックし、ゲームを起動させた。
多分、もう、戻ってこれない。

ここが私の場所に変わるのだ。