「ちょっとぐらい外にでたらどう?」


私の問いかけに一松は答えない。ただ、焦点の合わない目で虚空を見つめている。
私が彼のとなりに座っても無反応。分かっていたけど少し傷つく。

しばらくそのままでいると一松はようやく私の方を見てくれた。一松は光のない目で私はじとりと見つめてくる。降参の意味を持たせた諸手を挙げると彼はふいっと視線をそらしてしまう。


「ねえ、一松。外に出ましょう」

「…………」

「ちょっと」

「…………」

「無視するつもり?」


私がしつこく声をかけると彼はまたこちらを向いた。
今回の目は怖くない。少しだけ悲哀に揺れている。ずっと側にいたんだもん、これぐらいなら理解できないわけない。

ああ、ただ側にいただけじゃないか。
ずっと側で、片想いしてきたから。
だから、分かる。

寂しがりやってことくらいは。


「だってさ、外に出てもやることないし…」

「私とお出掛けは?」

「別に、興味ない」

「やることがあったら出てもいいんでしょ?」

「…………うるさい」

「図星だ」

「うるさい……っ」


一松はそう言って背中を向けてしまう。ほんとに意地っ張りだなぁ。

ああ、可愛いな。愛しいな。
なんでこんなに不器用なんだろうね。
上手く生きれないんだろうね。
取り繕えないんだろうね。

下手だよ。生き方が。
もっとトド松みたいにやれたらいいのにね。
でも、そんなところも全部好きなんだよ。

独りになりたくないからずっと独りでいるなんて、よく考えたよ。私には絶対に無理。誰かが側にいないと生きていけない。


「ごめんね、一松」

「………」

「ごめん。ごめんなさい」

「………………」


彼の背中にそっと身体を寄せる。拒絶はされない。

彼は素直になれないから、こちらが無理矢理押してしまえばいい。「あっちが無理矢理責めてきたから仕方なく」と、彼に逃げ道を与えればいい。生きやすい世界にしてあげればいい。

甘すぎるのは自覚している。
こんなに甘やかしてしまったら彼のためにならないのも知ってる。

でも、彼のとなりを独占できるなら私はそれで満足。


「ねぇ、一松。でもやっぱり外に出ましょう」

「…………」

「私のためだと思って」

「………………なんで」

「私がね、一松と色んなところにいきたいの」

「………………」


一松の背中が揺れた。

うん。分かるよ。
あなたは自分に自信がないものね。自信がないから卑屈になって、人と距離をとってまた自信を失う。そんなループの渦中にいるのだから。
だから、怖いよね。私の言葉が信じられないよね。


「なんで、俺なんかと……」

「好きだもの」

「なんで、俺なんかを……」

「んー、気付いたら愛しくて愛しくて仕方なくなってたの」

「なんで、俺なんかに……」

「質問ばかりね。そんなに理由が大切?」

「…………だって、俺、兄さんたちがいないとなにもできない」

「自分から進んで何かをするのが怖いのね。自分が正しいか分からないから。自分がやったことを否定されるのが怖いから。私はちゃんと分かってる」

「分かって、ない」

「分かってるわ」

「分かってない………」

「分かってる」


「分かってないっ!!」


振り向いた一松の瞳は少しばかり濡れていた。
彼はまるで頭突きのように私の腹部に顔を埋めてくる。少し、いや、かなり痛い。
でも、震える彼を見ているとそんな痛みも忘れてしまう。


「一番…………」

「え?」

「一番、怖いのは、ずっと側にいた奴が、いなくなること…………だ」

「側に、いた奴?」

「俺なんかを、俺なんかを好きになる奴なんて………」

「いるわ」

「だから、怖い……っ」

「何を、言っているの…?」

「本当は好きじゃなかったら?同情だったら?心の中でほくそ笑んでいたら?嘘だったら?騙していたら?俺は?俺は、どうすれば、いい…………?」

「……………」


ああ、なんだ。
そうだったんだ。

私は彼を優しく抱き締める。


「嘘なんて、つくわけないじゃない。一松を騙しても、私に得なんてないもの」


途端、彼の震えが止まった。

その後聞こえた「本当だ」には、笑みが含まれていたように感じた。


私は無償で君が好き。
不器用で自己嫌悪気味で、そんな君が好き。
全部受け入れるから。ねえ、君も早くその思いを受け入れてよ。