愛欲厳禁。
それが仏教僧の決まりだ。
だから私の想いは罪なのである。私は尼ではないが、想い人は仏教僧。いや、神と言った方が近いだろう。

黄金聖闘士、乙女座のシャカ様。
私の想い人は彼だ。

処女宮の女官になれた私は始めて彼を目にした時に、全てを奪われた。その一目惚れは、まさに神との邂逅。
一瞬にして虜になった。
許されない、愛欲の虜に。

私はその時から、恋を捨てた。
もう誰も好きにならないと誓った。私の愛はシャカ様だけが受けていいものだと、不遜ながらも決めた。

シャカ様の身の回りの世話をするだけでも幸せなこと。
まるで新婚生活のようだと思い込み、ひたすらに自らの恋をしまいこんだ。これ以上はない。このままでいい。私はこれだけで、いい。変わらないまま。

なのになぜあなたは、こんなにも無情なのでしょう。


「名前、お前はもう女官をやめなさい」
「え………?」


いつものように淡々と、何事もないように。そんな、酷いことを言わないでください。

私の想いが伝わってしまったのでしょうか。想うことがいけないのなら、捨ててしまいますから、だから側にだけはいさせてください。
あなたの側にいられないなんて、生きている意味すらないのではないでしょうか。

「ああ、シャカ様、何卒、何卒お慈悲を」
「ならぬ。もう決めたことだ」
「シャカ様、シャカ様」

情けないほど涙が溢れてくる。
なんで泣いているのかも分からなくなってきた。
彼は最も神に近いお方で、いや、もう私にとっては神そのもので。だから、彼の言葉は、神の決定は絶対の筈なのに。なぜ私は泣いてしまうのだろう。
これは、まさしく反逆行為ではないのだろうか。

「シャカ様シャカ様、私はあなたがいないと生きてはいけないのです。どうか、どうか私を殺さないでください」
「ならぬ」
「なぜ、なぜなのでしょう。シャカ様、私がお邪魔になりましたか。それとも伝わってしまいましたか」
「邪魔などとは言っておらぬ。それと、伝わるとはなんのことだ」
「え………」

流れていた涙が途切れた。
じーっとシャカ様を見つめても彼は微動だにしない。
嘘は言わない。シャカ様は嘘は申さないのだ。
だから、彼は私の想いを知らない。

安堵とともに、更に謎が深まる。聞いてもいいのだろうかという思案をしている途中でシャカ様が口を開かれた。

「仏教において愛欲とは最も罪となる」
「は、はい…」

シャカ様の言葉にドキリと身体が震えた。やはり、気づいてらしたのかと頭を垂れる。


「しかし、仏教の根本の教えは「諸行無常」。これは、この世に存在する何事も変転し、生滅し、永久不変のものなどはないという意味だ」
「存じています」
「つまりそういうことだ」
「そ、え、ど、どういう……」

思わず口から出てしまう疑問に、シャカ様は微笑を浮かべられた。神々しい笑顔に後光が射して見える。

「「諸行無常」それは、私の心も同じこと」
「心…」
「不変のことはない」

シャカ様は座禅を組む足を解き、蓮の座から立ち上がる。そして膝をつく私の元まで下りてきて静かに口を開いた。

「愛欲は、あってはならない」
「はい」
「だが、変わらぬものなどない。きっと、いつかこうなってしまうものだったのだ。お前に対する想いが、変わってしまうのは、決まっていたことだったのだ」

シャカ様のしなやかな指が私の髪に触れる。あまりにも優しすぎて、何も感じない。鼓動が静かに収まっていく。

「だが、私は仏に身を捧げた。だから、これ以上お前が側にいることを認めることはできない」
「シャカ、様」

それは、愛の告白なのだろうか。
そう思ってしまっていいのだろうか。
「私も」と咄嗟に口を開くと、シャカ様は首を振った。

ああ、そうか。
通じては、いけないのだ。

私は口を閉じ、ゆっくりと頷く。
もう迷いはなかった。

私はその場を立ち上がり、彼に頭を下げる。

「これは、独り言故、聞き逃してください」
「ああ、発言を許そう」

「愛しておりました」

それだけですと、私はシャカ様に背中を向ける。
もう、振り向きはしない。

誰か、また私を女官として雇ってくださる方はいるだろうか。
処女宮より、素晴らしい場所はないだろうけれど。

もう、泣きはしない。

シャカ様の想いだけで、生きていけるから。

シャカ様は諸行無常だと仰るから、いつか彼は私への想いを完全に消し去るだろう。
私も彼への想いを消し去り別の方を好きになることが出来たなら、今日のことを「全く不埒なことだ」と、笑い飛ばしましょう。

私も、そう出来るように生きていきますから。
ああ、こんなものはただの戯れだったのです。



--happy birthday