闇の魔法に対する防衛術の教室の奥にある一室。そこに灯る明かりは、私と彼をうっすらと浮かび上がらせていた。

「ねぇ、リーマス」
「ダメだよ。ルーピン先生と呼びなさい」
「…………ルーピン先生」

素直に従った私に彼は儚い笑顔を浮かべる。
病弱ではないくせに、その顔色や身なりのせいで病弱に見える。
身体はいつも傷だらけ。どうしたの と聴いても答えてくれない。

それは私が生徒だから。
分かっているけれど、納得はしたくなかった。
先生と生徒の線引き。ルーピン先生はそれを越えようとしないし、越えさせてくれない。

馬鹿な片想いだ。
自分でも驚きだけど。
まさか自分がこんなに年上の人を好きになるとは思わなかったから。
白髪まじりの頭も、よれよれのジャケットも全てが愛しく見えてしまって、末期なのは明白だった。

本当に、なんでルーピン先生なんだろうか。
考えても無駄なのは分かっているけれど、それでも、無意味に思考を繰り返してしまう。結局たどり着くのはいつも「好き」という極地だけ。

「ねぇ、ルーピン先生」
「なんだい?」
「いつもどこに行っているの?」
「どこに…って?なんのことかな?」

ルーピン先生はこちらをちらりとも見ずに手元のレポートを捲る。これは三年生のレポートのようだった。彼のことだから、レポートのテーマもとても面白いものなのだろう。ああ、そんなレポートなら書いてみたいものだ。

「誤魔化さないで。いつもって、満月の夜のことよ」
「…………ああ」

私の言葉に、ルーピン先生は詰まったようだった。反応有り。やはり、何かある。

ルーピン先生は一月に一度か二度は学校からいなくなる。最初は病弱だからと思っていたし、周りのみんなは未だにそう思っているみたいだけれど、気付いてしまったのだ。
彼が学校からいなくなるのは、決まって満月の日だと言うことに。

私がじーっ、と彼を見つめていると、やっとこちらを見てくれた。
少しだけ冷たく輝くその目に、背筋が凍った。

「悪い子だね。気付いてしまったのかい?」
「気付いて………ええ、そうね。多分、気付いているの」

彼が満月の夜にいなくなるのも、いつも傷だらけなのも、多分、「そう」だからなのだろう。でもそれを口にするのは憚られて、私は言葉を濁す。ルーピン先生の目が黄色く鋭くなったように見えた。まるで獣のそれだ。

「それでも君は、私の傍にくるんだ……?」
「もちろん」
「好奇心?同情? どういうつもりかな?」

ルーピン先生は真っ直ぐに私を見つめて距離を詰めてきた。少しばかりゾッとしたが、ここで退いてはいけないと本能が叫ぶ。だからその場を動かず、彼を見つめ続けた。

「好奇心?同情?まさか。私はただ、貴方が好きなだけ。だから傍にいる」
「………傷つけられても、まだそんなことが言える?」

がしりと、手首を掴まれた。骨ばった手。こんな時なのにドキドキしていて、なんだかバカらしく思えてきた。

「ルーピン先生につけられる傷なら本望」

私は掴まれたその手を自らの方に引いた。必然的にルーピン先生の顔が近くなる。驚いているであろうその顔にキス一つ。髭が擦れてくすぐったい。
ああ、ちょっとやり過ぎただろうか。でもいいや。したくなっちゃったんだから。

「私は貴方が幸せならそれでいい。貴方が私を傷つけて幸せになるなら構わない。私はもう病的に惚れてしまってるから、何をしてもいいのよ。この身体を、先生が好きに使って」

私が言い終わるか終らないかぐらいに、彼に噛みつかれた。もちろん口に、だ。鋭い牙のような歯が肌を掠める。
彼は何も言わないけれど、きっと今私は、求められてる。だから、ただ流れに身を任せるだけ。

「…ああ……、くそっ………、もう、…止まらないよ……?」

余裕なさげに彼が最終確認をしてきた。私が無言で頷けば、彼の手が太ももを撫で上げる。ぞくりと骨の髄から震えた。

「君が、いけないんだ。名前。こんな、狼を煽るから……」
「煽る?違うわ、幸せを願っているだけ」
「ずるいね、本当に……。それじゃあ、まるでお預けだよ」
「ふふっ。かもね。貴方が私を抱いて幸せなら、構わないわ」
「……………私はいい大人で、一応教師なんだけど」
「私は、リーマス・ルーピンに聞いているの」

彼の手に誘われて、レポートが散らばった机の上に押し倒される。視界の済みに「ハーマイオニー」の名前が見えた気がする。仲のいい後輩たちの視線があるように感じて、鼓動が高鳴った。しかも、今から、彼女たちのレポートの上で……。考えれば考えるほど感覚が麻痺しそうだ。

「僕は君を抱きたいよ」
「それは愛の告白?」
「私的には……」
「『僕』的には…?」

私の言葉に、ルーピン先生は痛いところを突かれた といった顔付きになった。でもすぐに口角を上げる。

「僕は君が好きだ。好きだから、抱きたい」
「私を抱いたら幸せになれる?」
「もちろん」
「責任は?」
「どうだろう」
「取ってくれるわよね?私、もう名前・ルーピンになる気なんだけど」
「……取るよ。取る」
「神に、誓って?」
「ああ」
「そう」

ならばいいのだ。
もう構わない。

初めてだから乱暴にしないで、とか。気持ちよくして、とか。そんなわがままは言わない。彼が好きなように、私を抱いてくれたら構わない。

「来て、リーマス。幸せに、なろ?」

背徳感と罪悪感と幸福感でいっぱいになりながら、私たちはバカみたいに肌を、温度を重ねた。野生の交尾みたいな荒々しい情事も、幸せに感じたから。

きっとね、そう。
二人でなら幸せになれるよ。