吸血鬼の世界で私とミカだけだ。人間の血を吸うことを拒み続け、未だに身体が成長しているのは。

クルルに吸血鬼にされたミカは、その血で私をも吸血鬼にした。あの時、微かに息があった私を密かに保護したクルルの計らいにより、私までも吸血鬼になってしまったのだ。
私の身体に流れるはミカの血。ミカはクルルの血を飲んで、私はミカの血を飲んで、そうやって依存しながら生きている。

全ては、優ちゃんを救うため。
誰にも渡さない。私とミカで、優ちゃんを救う。
吸血鬼にも、人間にも渡さない。

私たち百夜孤児院のメンバーだけで、誰も傷つかない世界を目指すんだ。優ちゃんさえ取り返せれば、もう戦わなくていい。静かで平穏な世界に。

私にとって優ちゃんは道標で、ミカは支柱。
ミカが居なくちゃ立てないし、優ちゃんが居なくちゃ歩けない。どちらも欠けてはいけない。

「名前……」

クルルに与えられた一室。私は台所に立ち、裏ルートから仕入れた食材を煮込んでいた。
血を吸わない私たちは人間と同じご飯を食べる。味覚が変わってしまったから消して美味しくはないけれど、血を吸うよりはましだから我慢だ。
それに、食事を摂っている時は吸血鬼であることを忘れられる。それが何よりも重要。

背中からかかった声の主はミカだ。確か人間界に襲撃に行っていたはずだけど、もう終わったのか。

「どうしたの?ミカ……あぁっ……!!」

後ろから優しく抱き締められて、今日はやけに甘えただなーと思いながらコンロの火を消した時、首筋に牙が突き刺さった。
血管を貫く生々しい感覚。全身を流れる血液が悲鳴を上げる。体温が一気に向上した。首を伝う血液とは裏腹に、ミカの唇は冷たく私の頭も徐々に冷静さを取り戻していく。

ミカは じゅるる と音を立てながら血液を吸う。もう何も感じない。快楽も嫌悪もない。

「はぁ………んくっ………ぷはぁ………あん………んくんく………くはぁ………はぁ………ん」

何度も牙を突き刺して、何度も血管を引き裂いて、私の全身の血を吸い上げる。人間だったならとっくに死んでいる。ただ私にあるのは愛しさだけ。

「ミカ………大丈夫だから」
「……ッ!!」

唇が離れた。牙が抜かれる。
振り向くと、あんなに血を飲んだのに顔を青くしたミカが立っている。
きっと血が飲みたかったんじゃない。人間界で何かあったんだね。それで動揺して、本能に身を任せてしまったんだ。

「ごめ……僕、は……」
「大丈夫だから」

少しだけ高いところにあるフワフワの髪を撫でる。ミカは糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

「優ちゃんが……いたんだ…」

その一言で十分だ。優ちゃんを見付けたんだね。でもきっとそれは、私たちが知ってる彼じゃなかったんだね。分かるよ。私とミカだもん。
もういいんだよ、ここは家だよ と告げれば、彼はゆっくり顔を上げた。
やっぱり愛しい。いつもはあんなに無口なミカが、優ちゃんのことになった途端こうなるんだから。妬けてしまうじゃないか。

「ほんとに………ごめん…」

ミカはゆっくりと立ち上がると私の首筋を撫でた。もう傷は塞がっている。

「ううん。いいの、私は平気だし……」

それに、私も優ちゃんを見付けたらそうなるかもしれない。今回はミカだったけど、私たちは不安定だからどっちがああなってもおかしくない。
ミカは私の言葉に眉根を寄せた。何か不満でもあるのだろうか。
彼は着込んだ服の襟首を掴む。私は慌ててその手を止めた。

「私は大丈夫」

強く言えば、彼は目を見開き辛そうに下を向く。ミカの血なんかいらない。私まで血に負けてられない。まだ大丈夫。朝に飲んだミカの血で、まだ潤っている。

「それでも罪悪感があるなら……」

まだうつ向く彼の頬を包み込み、口付けをした。少しだけ血の味がする。私の血だ。

「これで十分だよ」

私は吸血鬼だけど、血なんかよりキスが欲しい。死んでしまっても構わないから、血よりも甘いキスが欲しい。

ミカはくすりと微笑んでくれた。

「吸血鬼らしくないよ」
「吸血鬼じゃないもん」
「そうだね。僕も、そうだ」

今度はミカが私の頬を包み込み、顔を寄せてくる。静かに瞼を下ろした。

誰のどんな血よりも幸せになれるよ。
私たちが力を合わせればきっと。