「たんま」

一世一代の告白を、一哉は片手で制す。ドキドキと高鳴っていた心もしゅんと勢いを無くしてしまった。

「え、名前、告る相手間違えてね?」
「は?」

一哉はぷくーとガムを膨らませる。人差し指をぴんと立てて首を傾げているが、傾げたいのは私の方だ。

「間違ってないけど……」

彼は膨らませたガムを再度口に含む。何か言ってくれるのかと期待してみたのだが、クチャクチャと噛むだけで何も言ってくれない。

一哉がガムを噛む音だけが部室に響く。
ちなみに今は放課後で、部活中なのだが、一哉が取り損ねたボールが私の顔面に当たり、鼻血を出し、部室で治療をしているところ。
二人きりなんてそうそうなれないし、テンションが上がっちゃって告白したんだけど、予想と反する反応に戸惑いが隠せない。

「いや、だって名前って花宮と仲いーじゃん」
「よくないわ」

たっぷりの無言の後の言葉に思わず突っ込んでしまう。
確かに花宮とは中学から一緒だし……まぁ、なんだかんだで絡んでるけど、仲良くはない。悪友、みたいな感じ。

「オレ、てっきり花宮が好きなんだと思ってたんだけど」
「残念。原一哉くんが好きなんです」
「ふはっ、見る目ねぇ!!」

一哉は私を指差し、腹を抱えながら笑いだす。存分に笑ってくれ。自分だって笑いたいぐらいなんだから。

なんでこんな、人間としてクズに値する人に好意なんて抱いちゃったんだろう。

確かに一緒にいて楽しいし、気は合うけど…。
女癖悪いし、手癖も悪いし。ガムばっか食べてるし。得意技はエルボーだし。いいとこなんて…まぁ、ルックスぐらいしかないと思う。その貴重な長所も前髪で隠れちゃってるんだけど。

「へぇ、でもなんだ、オレだったんだ」
「そーですー、一哉なんですー」
「なんでむくれてんの」
「悔しい!」
「意味不明」

一哉はゲラゲラとまた腹を抱えた。そんなに盛大に笑われると私まで笑っちゃう。
本当にそうだよね、意味不明だよね。バカみたいだよね。

「あー、おもしろ…」
「でしょ?」
「なんで自慢気」
「一哉が好きとか、ほんとギャグだからね。笑えちゃう」
「マジな。こんなんのどこ好きになったわけ。ウケるわ」
「なんだろ。そういうとこなんだろうけどさ」
「どーいう」
「こーいう」
「ああ、そ」

ひとしきり笑った一哉はふっとため息を吐き、口角を上げた。前髪の隙間から涼やかに細められた瞳がちらつく。どきりと鼓動が脈打つ。

「あー、でも、花宮好きじゃねーならいーや」
「何が?」
「いや、付き合おっかって話」
「あー……、は……?」

一瞬納得しかけてから、彼の言ったことを理解した。付き合うってなに。話の流れ的に、私と一哉がってことだよね?

ちょっと待って。ほんと待って。
そこまで考えてなかった。

好きです。そうですか。で終わるとは思ってなかったけど、いきなり付き合うってなに!? まだ一哉の答え聞いてないよ!?

「ちょっと、一哉、あんたそれでいいの!?」
「んー?別に?」
「適当なら殴るんだけど…」

こちとら本気で言ってるんだから、適当に返してもらっては困る。適当が一哉だとしても、これだけは絶対にちゃんとしたい。

「信じろって」
「嘘くさい!」
「信用ねー」
「今までの行いが悪い!」
「しっかたねーかなー」

一哉はポケットからティッシュを取り出すと、そこにガムを吐き出し、丸めてゴミ箱に投げる。
あれ。なんで。たったそれだけのことなのに、空気が変わった。部室内の空気が、一哉を包む空気が。

「名前」
「え、え、な、なに…?」
「オレさ、名前は花宮が好きだと思ってたから言わなかったけど、名前のこと好きなんだよね」
「うそ……」
「あり?まだ言う?」
「だ、だって…!!」

「好きだ」

息を飲んだ。
前髪の隙間から見えるその目は真剣そのもので、嘘には見えなかった。
私が言葉を失って呆然と見つめていると、彼は何を思ったのか顔を近づけてきた。もうすぐでキスしてしまうという時になって、やっと彼の肩を押さえることができた。

「あー…、見つめてくるからキスかと思ったんだけど、ハズレね」
「いや、ていうかまだ、付き合うなんて言ってない」
「でも、好きなんでしょ?」
「う……!!」
「付き合おーぜ」
「…………………う、うん……」

熱くなる頬を自覚しながら頷く。するとまた一哉の顔が近付いてきた。
吐息が、かかる。火を噴きそうだ。

「ねぇ………」

もうすぐだと瞼を閉じた時、一哉が小さく囁いた。今さら冗談なんて言われたらマネージャー辞めてやる。

「名前はキス、結婚式で初めてしたいとか思ってる?」
「え……?そんな古風じゃな−−っ」

いきなりの問いかけに思わず目も口も開けてしまう。その時、すかさず一哉にキスされた。唇が触れ合う様な、軽いものではない。ミントの香りが鼻に抜ける。
謀ったな…!! という悔しい気持ちと、浮かされたような変な気持ちがない交ぜになって涙と化し、頬を伝う。

長い口づけ。やっと解放されると一哉がニタリと口角を上げて、ムカついたから一発殴ってやった。



(つーか、原もマネージャーも遅ぇ!!)
(早く帰ってこい原…!!!花宮の怒りがMAXだぞ!!)
(あ、帰って来たな)

(仲良く手とか繋いでんじゃねぇぞ外周してこい原ァ!!!!!!)