※高校設定



「名前センパーイ!好きっス!」

いつも通りテニスコートの脇を抜け、校門に向かおうとしていると、天然パーマの天使に声をかけられた。
天使の名前は切原赤也くん。いかにもヤバそうな名前の彼だが、小学生のころから仲良くしている私にとってはただの気のいい後輩だ。ご覧の通り、よくなついているし。

「赤也くん。練習は?」
「今は休憩中っスよ!」

ニコニコっと答える彼だが、後ろでは真っ黒いオーラを出している真田と幸村が。苦笑いしかできない。
立海大附属はテニスの常勝校。それは高校になっても変わらない。今年もインターハイ優勝を目指して、無敗を貫くみたいだ。

青学に勝つため。

「練習頑張れ、赤也くん」
「え!」

赤也くんの頭をぽんぽんと撫でて私は爪先を玄関に向ける。彼は「もう行くんスか!?」と聞いてくるが、困ってしまう。

「だって、今日は図書館で勉強するつもりで早く来たんだもん。勉強しなきゃ」
「べ、勉強…」
「嫌そうな顔しないの」

私はこのまま立海大学に行くつもりはない。外部に行きたい大学が決まったので、そっちを受験するのだ。テニス部を見ていると忘れそうになるが、一応三年生なのだから。

赤也くんは勉強が苦手みたいで、げっそりとした顔付きを見せる。特に英語がダメみたい。テニスプレイヤーなるもの、英語が出来なきゃいけないと思うけれど、流石に酷だから黙っていよう。

「俺、勉強に負けたんスか…?」
「これは勝ち負けじゃないって」
「うー…!!」

彼は捨てられた犬のように私を見つめてくる。
これは分かってやってるのか、天然か。前者なら質悪いぞこいつ。

「そんな顔しないの!」
「どんな顔っスか!」
「無下に出来ない顔!」
「じゃあ!」

がばっと。赤也くんの頑丈な身体に抱き締められた。彼の心臓の動きが、直に響いてくる。

「無下にしないでくださいよ……」
「赤也、くん……」

テニスコートにいる幸村と目があった。彼は微笑を浮かべると顔をそらしてくれる。真田は更に怒ってるみたいだけど。柳は……データだな。

赤也くんに抱き締められても、嫌に冷静な自分がいる。
きっと彼が、本気で私のことを好きということを理解しているからだ。理解しているからこそ、冷静になれる。

「うん。ごめんね」

彼の背中をぽんぽんと叩くと、赤也くんはゆっくりと私から離れ、その瞳で強く、見つめてくる。逃げてるんじゃないんだよ。ただ、壊したくないだけ。

「なんで謝るんだよ」
「分かってるから…」
「ずるいっス…」

赤也くんは私の肩に額を乗せた。
分かってるから なんて、酷かったかな。でも、そうなんだもん。

「本当に、分かってますか」
「赤也、くん……」
「伝わってる……?」
「…………」

無言で赤也くんの頭を持ち上げ、私の肩から退かす。
あとはもう、振り返らずに歩むだけだ。

赤也くんは追ってこなかった。
次会うときには忘れてよう。赤也くんの言葉、全部。
それからまた、はじめよう。