私にとってのしょうブシ様は親のようで、初恋の人のようで、離れがたい人だった。彼は剣を捨て、博打に身を費やした方。それでもよかった。だってそんな彼は私の側から離れることはないのだから。彼の隣にそっと腰掛け、丁だ半だと上がる声に耳を傾けているだけで私は幸せなのだ。

なのに、彼は手にしてしまった。
名刀・マサムネを。

それは私と彼を引き離す、悲しき警告。
武士の心を捨てきれていない彼はその刀に胸を打たれ、私の知っているしょうブシ様はいなくなってしまった。

マサムネ様。
彼は正義の戦士へと姿を変え、まだ見ぬ誰かのために剣を振る。私ではなく、誰かのために。

それは彼にはいいことのはずなのに、私に芽生えた醜い独占欲はそれを許さない。
私の心を蝕み、離してくれない。
マサムネ様は遥か彼方へと歩き出しているのに、私は取り残されて。マサムネ様がいないと、しょうブシ様がいないと息もできない。生きていけない。

あなたは私の唯一の人なのに。

生まれた内なる闇は私を侵食し、変えていく。姿も心も。より醜い方へ。異形なるものへ。
元々弱小妖怪の私は簡単に堕ちた。人を襲うだけの醜悪な妖怪に。

でも、それでもいいの。

だって、お陰であなたは私の目の前に立ってくれるわ。
隣じゃないけど、この際文句は言わない。
こんなに近くにいられるだけで私は幸せよ。

「醜い異形よ、この刀をもって切り捨ててやろう」

マサムネ様は鋭い眼光で私を見据える。右手はそっと刀の柄にに添えられる。

忌々しい刀。私としょうブシ様を引き裂いた、許しがたい刀。それでも、その姿を美しいと思ってしまう。きっと私が醜いからね。私が醜いから様々なものが美しく見えるの。

私がもし強く美しい妖怪であったなら、こんなことにはならなかっただろう。しょうブシ様とも出会ってなかっただろう。

そんな嘆きも今はもう遅い。嘆きたくても泣きたくても、それを行うための器官を喪失しているのだから。

私は異形。醜いもの。

マサムネ様に斬り殺されるもの。

「御免ッ」

マサムネ様は刀を抜き、目にも止まらぬ早さで私を切り刻んだ。異形と化してしまったからだろうか、痛みを感じない。悲しくもない。
むしろ、彼の刀で逝けたことを嬉しく思っている。

灰色に変わっていく視界にマサムネ様の背中が見える。
ああ、もう、あの頃のあなたはいないのね。

「しょ……、ブシ、……さまぁ……」

ただ正義のために刀を振るって。私のことは忘れて。
もう、二度と振り向かないで。