私と犬千代は悪友だ。
顔を合わせれば軽口を叩きあい、小突かれて、罵倒しては笑いあう。
そんな関係だった。

犬千代は昔っから喧嘩っぱやくて、とにかく暴れるのが大好き。戦場に出ればそれが顕著に現れる。

戦が近づいてくると、口を開けば二言目には戦と言うようになり、私は呆れながらもそんな犬千代を送り出して、城でじっと帰りを待つ。

彼を待つ時間が私は大嫌いだ。

らしくもなく焦るし、犬千代のことばかり考えてしまうから。
ああ、私は犬千代が心配なんだって、知りたくなくても実感してしまう。こんな気持ち、信長様にお仕えしていなかったら知らなかった。

でも犬千代が楽しそうに帰ってくると口をついて出るのは心配ではなくて悪態。そんなことが言いたい訳じゃないのに、知らない内に犬千代に突っかかっている。

犬千代は戦に出る度に強くなって帰ってくる。それが怖くて仕方ない。私の知らない彼になってしまいそうで。

ある日彼がひどく落ち込んだ様子で私の部屋に来た。開口一番、「どうしよう」。

「拾阿弥殿を斬ってしまった……」
「え……?」
「殿、すごく怒っておられたし…出仕停止っておっしゃられてたし……、それがし、多分今すごく危機的状況…」

拾阿弥殿って、信長様の異母兄弟ではなかったの?
確かに盗みを繰り返していたとは聞いていたし、事実、犬千代も私があげた笄を盗まれていたようだし、何度も侮辱されていたのは知っていたけれど、まさか殺すなんて…。あの、犬千代が…?
犬千代は血の気が多くて短気だけれど、殺してしまうなんて…。

「名前……。どうしよう…」
「どうしようって…」
「それがし、名前しか頼れる人がいないのだ…」

ぎゅうっと抱き着いてきた犬千代がこちらを見上げてくる。ちゃんと男の人だ。確か、今の名前は前田利家だったっけ? まあ、私にとってはいつまでも犬千代は犬千代なんだけど。

でも、明らかに今までとは違う。
ちゃんと男の人で、武士で。直視したことなかったけれど、しっかりした体つきをしている。
こんな犬千代が私を頼ってくれているのが愛しくて仕方ない。

ああ、そうだ、愛しいんだ。

私、犬千代に恋してる。

甘えてすがってくる姿は大型の犬に似ていると思うのに、胸が苦しくなる。私、末期だ。
私は優しく犬千代の頭を撫でる。すると彼はくすぐったそうに身をよじった。

「大丈夫だよ、犬千代。また武功をあげれば、出仕停止なんて解除されるわ。犬千代はいつだって武功をあげてきたじゃない。だから、大丈夫」
「名前……!!」

犬千代はまたぎゅうっと抱き着いてくる。それがたまらなく嬉しくて、私は小さく笑んだ。

無邪気さと血気盛んな二面性が私には愛おしい。彼はいつまでも今の彼で、私の思いなんて無視して生きていってほしい。