多分バナージくんは覚えていない。

私たちが幼馴染みで、昔あの屋敷でよく遊んでいたことを。
私もこの学校に入って、バナージくんに出会って、何か聞いたことがある名前だなー と思って昔のアルバムを開いてやっと思い出したのだが。だから多分、バナージくんは覚えていない。覚えていなくても無理はないけど。

私、ずっとバナージくんのことが好きだった。
確かに顔とか、名前とかを覚えていた訳じゃないけど、昔遊んでくれた子が好きっていう気持ちだけはなぜか揺るぎなかったのだ。

「名前?」

私が彼を見つめていると、当の本人がこちらを振り向いてきた。ぱちりと視線が絡む。
私は逸らすこともできず笑う。
するとバナージくんは一瞬目を見開いてから笑いかけてくれた。

小さいころとはちょっとニュアンスが違う笑み。無邪気じゃないけれど、やっぱり変わってない。
それはちゃんとバナージくんの笑顔だ。

「……俺たち、昔に会ってる?」

いきなりだった。
バナージくんはいきなりそんなことを口にしたのだ。

どうして、なんで。
やはり君は、普通じゃないの?
それは過去の私がバナージくんに対して確かに感じていたこと。

「あれ?違うか?なんなんだよ…これ…」

バナージくんは辛そうに頭を押さえる。
私はその場を動くことが出来ずにいた。
だって、思い出しかけているんだよ?私と、バナージくんだけの記憶を。

「いや、やっぱり、俺、名前を知っている気がする…。なんでかは分からない…でも……っ!?」

私は思わずバナージくんを抱き締めていた。
彼の頭を優しく撫でる。出来るだけ、頭の痛みがとれるように。私が優しくしてあげたいと、助けてあげたいと思ったから。

「ありがとう、ありがとうバナージくん。もう十分だよ。もう頑張らなくていいよ」

これ以上は何も思い出さないで。
私が昔君に言った「告白」を、絶対に思い出さないで。

私はそんなことでバナージくんに距離をとられたくないから。
それに、今の好きと昔の好きは違う。
大きさが、重さが。

「名前…!!」

バナージくんが腕の中で身をよじったから、私は彼を解放した。
彼は私と目が合わないように、不自然なまでに顔を逸らしている。その頬は赤い。

「いきなり、びっくりするだろ」
「ごめんね、嬉しかったの」

じゃあやっぱり俺たちは…。バナージくんは疑うように聞いてくる。私はあえて答えなかった。