「はぁ……かっこいい…」

私が小さく呟くと、友人がその視線を辿り、納得したように頷いた。

「かっこいいよね、御幸くん。孤高って感じが」
「違うよ。そっちじゃない」

そう、そっちじゃない。
私はその彼のそばにいる倉持くんのことを言っている。

「え、倉持!?」
「うん」
「なんでまた…」
「なんでって、かっこいいから…」

趣味悪くない?と聞かれてしまった。
バカな、そんなはずはない。
だって倉持くんは事実かっこよくて、私の視線は奪われてしまうのだから。
逆にみんながかっこいいっていう御幸の方がなんとも思わない。顔がどうとかじゃなくて、中身の話だ。

「みんな試合ちゃんと見てる!?」
「名前はちゃんと見てるんだ」
「倉持くんならばっちり」
「それって私たちと変わらないんじゃ…」
「でも倉持くんを好きになる前はちゃんと全体見てたもん」

ダイヤモンドの中を颯爽と駆ける倉持くんはまさに韋駄天で、私は野球を見ていてはじめて心を奪われた。

目にも止まらない速さで塁を奪い、隙さえあらば、嘲笑うかのように進塁。
胸がドキドキした。
気付いたらその速さが誰にも止められないことを祈っていた。
彼が駆けるダイヤモンドは、どうしてあんなにも胸が踊る。
それを問い詰めたら行き着いた。私、倉持くんに恋してるんだって。

「話しかけないの?」
「ちょっとそれは、勇気ない…」
「なにが勇気ないって?」
「うわっ」

私がまたぼーと彼を見ていると、いきなり声をかけられた。
友達がその彼の名前を緊張気味に呼んだ。
私もつられて名前を紡ぐ。

「御幸じゃん」
「よ、名字」

私と御幸は一年の頃席が隣で仲良くなったから、今は案外普通に声を掛け合う仲になった。
御幸がクラスメイトとしゃべるなんて滅多にないから、もしかして私が特別なんじゃないかと考えてドキドキしていた時代もあったが、あれは絶対に恋じゃない。
自分が特別扱いされて、それに対して高揚していただけ。

「で、何の話?」

御幸はなんの遠慮もなく私の前の席の椅子に座る。なんでそんな聞く気満々なの。

「この子さ」
「ちょ、やめてよ」

そしてなぜ友人が言う気満々なの。

「名前が倉持好きなんだって。で、告白する勇気ないーって話!趣味悪いよね!絶対に御幸くんのがかっこいいよ!!」
「好みは人それぞれだから何も言えないけど、倉持か…」
「ちょっと、本人省いて何二人で話あってんの」

御幸は訳のわからないまま何か考え込んじゃったし。
ていうか、今の友人の大声、倉持くんに聞こえてないよね…?

恐る恐る彼の方を見ると机につっぷしていた。
寝ている……?

「あー…あいつ…聞こえて…」

御幸は私の視線を辿り、何かを呟くと私に笑顔を見せてきた。うさんくさい笑顔。

「ドンマイ、名字」
「え、何がさ」

その後どれだけ問い詰めても彼はうさんくさい笑顔を浮かべているだけ。
だから私は何も言えず首を傾げた。


「倉持」
「なんだよ御幸」
「今日、聞こえてただろ」
「……なんの話だ」
「またまた〜」
「別に、聞きたくて聞いた訳じゃねぇからな!!お前らが声大きすぎるから!!」
「はいはい、じゃ、部活行くか〜」
「無視すんな、てめぇ!!」