宇宙人と大理石少女と遊園地




 「きたー! 遊園地!」

ばっと腕を振り上げ、遊菜は叫んだ。


 休日、まだ開園間もないというのに遊園地には沢山の人々が集まっていた。
綺麗に晴れ渡った空を見上げ、十代は人ごみの中で肩を落とす。

「人酔しそうだ……」

「そこ! もっと楽しそうにする!」

ばっと遊菜が十代を振り向いた。
明るい色の髪を揺らし、青い青い空を仰ぎ、ウキウキと肩を震わせて。
十代はげんなりとした様子のまま、「へいへい」と適当に頷いて、すぐ後ろにいる連中を見た。

「ここが遊園地……キテレツな機械が沢山あるな。一つ間違えたら簡単に死にそうだ」

「Ah! 砂夜子とデート出来るなんて嬉しいよ」

「俺も! 遊菜と来れるなんてなあ」

上から砂夜子、ジム、ヨハンが言う。
遊菜を含め妙にハイテンションな彼らに、比例するように十代は溜息をつく。
最早珍しくも何ともなくなったいつものメンバーに、『何事もなく終わればいい』と十代は思うのだった。


「それじゃあ早速ですが、アレに乗りたいと思います!」

じゃじゃーん! と、遊菜が効果音付きで指差す先、そこには……。

「あれは……」

沢山の人々の注目を集める巨大な鉄のアーチ……ジェットコースターがあった。
“きゃあああ”という悲鳴がこちらにまで聞こえてくる。
そんな様子に遊菜は目を輝かせ、十代達の腕を引く。ぐいぐいと遊菜に引っ張られるままに一行はジェットコースターの列に近づいていった。

「おいおい、一発目からジェットコースターなのかよ!? ハードじゃねえ?」

「大丈夫大丈夫!」

「いやお前じゃなくて、砂夜子たち……」

「レッツゴー!」

キラキラとした笑顔を振りまいて、遊菜は列の最後尾に入り込んでしまった。
すぐ隣にいた十代や、後ろにいた砂夜子らも同じように列に並ぶ。

「うー……」

十代と話す遊菜の後ろで、砂夜子が胸元の服をきゅっと掴んで小さく唸った。
何となく小さく丸くなった背中に、ジムが後ろから声をかける。

「砂夜子? どうしたんだい?」

「いや、何でもない……のだが、ぐるぐる回るあの者たちを見ていたら何だか胸のあたりが……」

「really? 気分が悪いのなら離れて休んだほうが……」

「いや……平気だ」

すまんな。と、振り返った砂夜子がジムに言う。ジムは首を横に振り、後ろから砂夜子の肩に触れようと腕を伸ばす。
だが、すぐにその腕はぺしっと砂夜子によって叩き落された。

 『次の皆さん、どーぞー』

長かったように思えた行列だったが、思っていたよりも早く遊菜達の出番が回ってきた。
どうやらこの遊園地のジェットコースターは速さが売りらしく、コースの長さはあまりないらしい。それで客の回転が速いというわけだ。

スタッフの指示に従い、それぞれが席に着く。

「楽しみだね、砂夜子ちゃん!」

一番前の席についた遊菜が後ろに座る砂夜子を振り返り言う。明るいその笑顔に砂夜子も微笑み返す。だが、すぐに居心地悪そうに身を捩った。

「……ああ」

「……そんな顔すんなよ砂夜子、従業員の人が誘導してこういう風に座ったんだから」

明らかにトーンの落ちた砂夜子の声に、隣からまた別の声がかかる。ヨハンだ。
ヨハンは自分の前、遊菜の隣に座るジムの後頭部をちょびっとだけ恨めしそうに見て、そしてまた隣の砂夜子を見た。その目には色んな感情が見え隠れしている。
従業員によって勝手に振り分けられた席順に、ヨハンと砂夜子は不満を感じていた。

「ていうか、普通勝手に席決めるかよ」

「普通じゃないんだろう、ここは」

ぼそっとつぶやき合う二人。そんな二人の後頭部を後ろの席の十代が『新鮮な組み合わせだ』なんて思いながら眺めていたことは誰も知らない。

『それじゃあ皆さん、いってらっしゃーい!』

いつの間にか憎まれ口を叩き合っていたヨハンと砂夜子は、アナウンスが聞こえたのと同時に前を向き、叫んだ。

「ぎゃああああああ」

「あああああ゛あ゛」

動き出したジェットコースターはあっという間に最高速度に達し、凄まじいスピードで風の中を突っ込んでいく。

「いやっほー! あっははは」

「great!!」

一番前に座る遊菜とジムの楽しそうな声が聞こえる。
だがヨハンと砂夜子は青い顔で悲鳴を上げるばかりだ。周りの景色に目を向ける余裕もない。というか周りを見たら余計に気を失いそうな勢いだ。
上昇と降下を繰り返す度に目をつむり、一回転二回転とコースターが回る度に目の端から涙が零れた。

終われ終われ終われ早く終われ!!!

冷や汗だらだら顔面蒼白必死の形相で、ヨハンと砂夜子はただただジェットコースターが終点に付くことを祈るのだった。

 
 「……終わった。生きてた、俺達」

「死んだかと思った……」

程なくして動きを止めたジェットコースター。
楽しかったねー、と笑い合う遊菜とジムの後ろで、ヨハンと砂夜子は呆然と呟いた。
ぐったりと俯く二人だったが、やがてあることに気がつく。

「……あ」

「……!」

いつの間にかガッチリと握られていた互の手。それぞれの指は互の手の甲に食い込んでいて、砂夜子に至っては爪を立てている。あまりの恐怖に犬猿の仲さえも吹き飛んだらしい。
すぐに手を離し、お互いに不本意だったと顔で主張した。

「何見つめ合ってんのお前ら。そういう仲だったっけ」

「No! 砂夜子……何故そんなヨハンと……まさか!」

「ありえない! ありえないって砂夜子ちゃんはヨハンなんかとそんなんあるわけないじゃん、もちろんジムとも」

そんな二人に、十代が声を掛けた。その後にジムと遊菜が続く。
はっとして周りを見れば、早く降りろと言わんばかりの沢山の視線と目が合って、慌てて二人は立ち上がった。



 ■


 
 「砂夜子ちゃーん!」

「おーい、どこだー?」

昼時を回り、一層人の数が増した遊園地内で遊菜と十代は叫んだ。
ぐるぐると辺りを見回し、砂夜子の名を呼ぶ。

「砂夜子! Where are you!」

「砂夜子ー? 出てこーい!」

続いてジムとヨハンも叫ぶ。

砂夜子がはぐれた。所謂迷子である。
ジェットコースターからフラフラと降りた砂夜子はいつの間にか人ごみに飲まれて消えてしまった。あんまり静かに消えていったものだから、誰も気が付かなかったのである。ジムや遊菜でさえも。

必死に叫ぶ遊菜達に、十代が提案した。

「もうこの辺には居ないみたいだし、こうなったらアナウンスしてもらうってのは? 迷子放送ってやつ」

「ふざけてるの!? あーもう、ヨハンが迷子だったらよかったのに」

「何で俺!?」

ピリピリとした空気が漂い始める中、ジムが口を開いた。

「手分けして探そう。砂夜子を見つけ次第連絡を取り合って、30minutesafterになっても見つからない場合は一旦ここに集まって事務所に行ってannounceしてもらうんだ」

ジムの提案に、おおー、という声が上がる。十代だ。
遊菜とヨハンも頷き、「じゃあそういうことで」と手を振って四人は別々の方向に駆け出した。


 ■


 「遊菜ー……じゅうだーい……じむ、よは……」

だんだんか細くなる声。
行き交う人々の中で、砂夜子は仲間達を呼んだ。
しかし、いくら名を呼んでも、目を凝らしても、遊菜達はいない。砂夜子はひとりだった。
そう思った瞬間、周りの人々が急激に大きくなり、自分が小さくなった感覚に囚われる。
すれ違う人々が巨大な波となり壁となり、砂夜子に迫る。それらから逃げるようにして、砂夜子は少し離れた所にあったベンチに駆け寄り腰を下ろした。

「迷った……。遊菜達は探しているだろうか……。これが私じゃなくてヨハンとかだったらいいのに」

頭を抱え、砂夜子は呟く。まだジェットコースターにしか乗ってない。遊園地に来たばかりなのだ。だというのにいきなり自分が迷子になって皆に迷惑をかけて。情けなかった。

ついに膝まで抱えだした砂夜子。
そのとき、人々の波から抜け出してきた男が声を掛けてきた。

「ね、きみ」

「……?」

砂夜子が顔を上げると、そこには見知らぬ男が二人立っていた。黒髪の男と金髪の男だ。
人好きのする笑を浮かべ、砂夜子を見下ろしている。

「一人で何してんの? 具合でも悪いの? だったら事務所まで連れって行ってあげるよ」

「いや、いい」

関わるべきではない。咄嗟にそう判断して砂夜子は立ち上がり、男達の横を過ぎ去ろうとした。だが、金髪の男がその腕を掴む。
男が嵌めていた指輪が食い込み、砂夜子は顔をしかめる。

「放せ、痛い」

「ああ、ごめんごめん。ねえ本当に大丈夫? 一人なんでしょ、俺達が事務所まで連れって行ってあげるってば」

「平気だ、どこも悪くない」

「じゃあ一緒に遊ぼうよ、いいっしょ」

ほらほら、と黒髪の男が砂夜子の肩を掴んだ。砂夜子の目に強い不感の色が浮かぶ。
だが男達は強引に砂夜子を連れ出そうとした。

「おい、放せ。いい加減に……」

「砂夜子ちゃん!」

男の腕を引き剥がそうとした砂夜子の耳に、聞きなれた声が飛び込んだ。
反射的に声の方を見れば、肩で息をする遊菜がいた。遊菜はキッと男達を睨みつけながら砂夜子の元に駆け寄ると、砂夜子の肩に乗っていた男の手を払い除けた。
そして砂夜子を自分の後ろに隠す。

「遊菜……」

「砂夜子ちゃん大丈夫!?」

「ああ……」
 
背中越しに砂夜子が答える。それに頷いて、遊菜は今度は男達に向かって口を開いた。

「あの、この子私の友達なんで、変なことしないでください」

「そうだったんだ、お友達いたんだねえ。じゃあ丁度四人だし、俺らと遊ぼうよ」

「お! いいねー、丁度2−2!」

金髪の男が遊菜を見下ろし、黒髪の男が遊菜の肩に腕を伸ばす。
それを咄嗟に叩き落とした砂夜子の腕を黒髪の男は掴んだ。

「はなッ……」

「砂夜子ちゃんッ! って、何すんのよ!」

砂夜子に気を取られた遊菜の腕を、金髪の男が掴んだ。
ぐいっと顔を覗き込まれる。

「俺こっちの子のが好みかも」

「俺このちっこい方でいいわ」

「はあ!? ふざけんな放せ大声出すぞ!」

激しく抵抗を始めた遊菜に、笑みを浮かべていた男達の態度が変わる。
浮かべていた笑みを殴り捨て、態度を荒げた。
それぞれ掴んでいた遊菜と砂夜子を人の少ない方へと引きずっていく。

「こ、こら! 何する気よ警察呼ぶぞ! 放してよ!」

男達は一向に手を離さない。
掴まれた腕の痛みと男達の強引さに、その目に涙が浮かぶ。

「た、助け……ッ」

引きつった声が漏れた。
その時、ふと手の痛みが消える。

「え……」

「なーにやってんだよ。お前ってそんなにか弱かったけ?」

聞こえてきた声。誰よりもよく知っているその声に、遊菜の目からついにポロっと涙が落ちた。

「十代!」

ゼーハーと息を荒くし、駆けつけてきたことを伺わせる十代は金髪の男をぶん殴った手をひらひらと振る。そして唖然としていながらも砂夜子を掴むもう一人の黒髪の男を睨みつけた。

「おい、放せよ」

「ふざけんなよクソガキ! お前俺のダチ殴っといてタダで済むと思って……」

「あんたこそ、俺のダチに手出しといてタダで済むと思ってんの?」

「てめえ……」

「まあ、先にスタッフ呼んでおいたから、そのうちここに来るぜ。もしかしたらお巡りさんもいるかもね。俺喧嘩ってあんまり好きじゃないから、なんならこのまま一緒にお巡りさん待とうか?」

両手をひらっと振り、十代が言う。
黒髪の男は舌打ちを一つすると、砂夜子から手を放し転がっていた金髪の男を無理矢理起こして駆け出す。その後ろ姿は人ごみに紛れてあっという間に見えなくなった。
その男達と入れ替わるように、ジムが十代たちに駆け寄ってきた。


 「さてと、大丈夫か?」

「十代……ッ」

十代が遊菜の顔を覗き込んだ。どっと溢れてきた安堵感に、遊菜は喉の奥がつんと痛くなるのを感じた。
目元が熱くなり、勝手に涙が出そうになるのをこらえる。

「全然平気! 十代なんか来なくても私だけであいつら撃退出来たって」

「へー? よく言うぜ。泣いてたくせに」

「泣いてないもん!」

赤い顔でムキになる遊菜。その頭をポンポンと叩き、十代が苦笑する。

「無理すんなって」

「……してない」

「素直じゃねーなあ」

ポロっと落ちた遊菜の涙をやや乱暴に拭い、十代はまた苦笑した。


 「砂夜子! 大丈夫か!? 怪我は無いかい!?」

ポカンと遊菜と十代を眺めていた砂夜子に、ジムが駆け寄る。
正面から砂夜子の両肩を掴み、無事を確認した。

「遊……」

遊菜に向かって砂夜子は手を伸ばす。だがすぐに、その手を砂夜子はぱたりと落とした。
頭に乗せられた十代の手を払いのけながらも、どこか嬉しそうな、安心しきった顔を見せる遊菜を見ていたら、自然に遊菜を呼ぶ声は途切れて。

「砂夜子?」

「……なんでもない。心配かけたな」

「ah……本当によかった」

ジムが砂夜子を抱きしめる。
ギュッとキツく抱きしめてくるジムを砂夜子は抵抗することなく受け入れた。
いつもなら容赦なく飛んでくる鉄拳がないことにおっかなびっくりしつつ、ジムは更に腕に力を込める。
砂夜子はジム越しにぼんやりと十代と遊菜を見た。
今は、自分は声を掛けるべきではない。
そう思う砂夜子だが、胸の中に渦巻く言葉に出来ないもやもやに眉を潜めた。


 ■


 「なんか色々あって疲れちゃった」

休憩所のベンチに腰掛けて、遊菜が言った。
あはは、と苦笑して、テーブルに置かれていたミネラルをーターのボトルを手に取る。
キャップを捻り、一口飲んだところで隣にいた砂夜子が手を伸ばした。

「私も欲しい」

「はい、どうぞ」

砂夜子にボトルを手渡す。砂夜子はミネラルウォーターを飲むと、キャップを締めてテーブルに戻した。そしてばったりと遊菜の膝の上に倒れる。
スカートの上に散らばった砂夜子の黒髪を手で整えて、遊菜は「疲れちゃったね」と笑う。もぞもぞと頷いて、砂夜子は遊菜を見上げた。

「すまない、私のせいで……本当に申し訳ない」

「いいのいいの! またいつでも来れるよ。それに、まだ午後だしこの後も遊べるって。ジェットコースターも乗れたし、ここを出たら次はフリーフォールとかどう?」

「……高くて速い奴は嫌だ。お化け屋敷とかがいい」

「却下」

「ひどい」

クスクスと砂夜子が笑う。
すっかりしおれてしまった頭上のリボンを指で引っ張りながら、遊菜も釣られて微笑んだ。

「じゃあ、のんびり回りながら遊べそうなもの探そうか。それで、最後には観覧車に乗ろう」

「観覧車?」

「うん。ジェットコースターの近くにあったでしょ? 丸くて大きいやつ」

「……あー……」

「あれは高いけどすごくゆっくりだから、砂夜子ちゃんでも大丈夫。絶叫系がダメなんでしょ?」

「まあ……。ゆっくりなら、いいかな」

「よし!」

にっと遊菜が笑った。金色の髪が揺れる。
先ほどの男の金髪とは全く違うその色合いを眺めながら、砂夜子は安心したように肩の力を抜いて、その髪をひと房掬い上げた。





 「おっかしいなあ……何でみんな来ないんだ!?」

30分後に集まろうと約束した広場で、ヨハンは焦りを滲ませながら携帯を取り出す。
時計と着信を見て、とっくに約束の時間を過ぎていることと着信が無いことを確認した。
それから適当に十代や遊菜に電話を入れてみるも、全く反応がない。

「くっそー、何で誰も出ないんだ? ……まさか、皆に何かあったのか!?」

さっとヨハンの顔が青ざめる。最悪の事態を想定し、弾かれたように駆け出した。
こうしてはいられない、皆の元へ行かなくては。

走り出したヨハン。その耳に、聞き慣れた音と共に機械的なトーンの女性の声が突き刺さった。

――ピンポンパン――

『……からお越しの、ヨハン・アンデルセンさん。お友達四人が事務所でお待ちです。事務所までお越し下さい。繰り返します……』

「……え?」



……………………………………

soraさんから20000フリリクで頂いちゃいました!

激おこ遊菜ちゃん!
激おこ十代!
そしてジムを受け入れる砂夜子ちゃん…!!

三人の、そして五人の関係がどんどん変わってく…!!
読んでても書いてても楽しい五人です!
マーブル組大好きですwww

soraさんありがとうございました!





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