宇宙人とチャラ男





 ある日の夕方、細い路地で、砂夜子は溜息を付きながら呆れ混じりの声で遊斗の名前を呼んだ。
 
「遊斗」

「なに?」

砂夜子の手を引き前を歩いていた遊斗が振り返る。キラキラとした金色の髪が揺れた。
人通りの少ない路地でも目を引くその髪に、何となく砂夜子は居心地の悪さを感じながらも言った。

 「いいと言っているのに」

「そう言わずにさ、俺に任せてっ」

 二人は、というか砂夜子は洋菓子屋を探していた。
テレビで取り上げられた隠れ家的名店で、ちょっとお高い滑らかプリンが売りである。
そのプリンを探してふらついていたところ、遊斗と出くわしたのだ。
聞かれるままにプリンのことを言えば“その店なら知ってる。案内してやるよ!”と遊斗に手を引かれ現在に至るわけだ。

何かと人の視線を集める遊斗。その隣を歩くのは中々大変で、砂夜子はちょっと泣きたくなった。見知らぬ女子達の視線が痛い。

「一人で行ける。だから放っておいてくれ」

「ダメ。だって砂夜子方向音痴だろ? 店はちょっと入り組んだところにあるから、絶対一人じゃたどり着けない。な、俺がいないと困るだろ」
 
「……ッ」

繋いだ手を遊斗がきゅっと握る。
明るい笑顔を振りまかれ、砂夜子の動きが一瞬固まった。そのせいで足元の小さな段差につまずいて前のめる。

「おっと」

前のめった砂夜子の腕を遊斗が支えた。おかげで転ばずに済んだ砂夜子は小さく礼を言うと、繋がれた手を軽く振った。

「……とりあえず、手を離してくれ」

少しだけ疲れた様子の砂夜子の言葉に、遊斗は言われた通り手を離した。





 「ほら、ここだよ」

「……ああ」

得意げに遊斗が笑う。彼らの前には、砂夜子が探していた洋菓子店があった。
こじんまりとしていながらも、店内は若い女性客で賑わっているのが見て取れた。
遊斗と砂夜子は店の中に入り込むと、真っ先にプリンが入ったショーケースの前に立った。

「これだ」

砂夜子が目を輝かせショーケースの中のプリンを指差せば、遊斗が店員にプリンを包んでくれるよう言う。財布を取り出す遊斗を慌てて砂夜子が制した。

「おい、自分で買うからいい」

「いいっていいって! こういう時はかっこよく買ってやるもんだろ」

そう言って遊斗はさっさと会計を済ませてしまう。
砂夜子は文句を言う間も与えられず、プリンを受けとることしか出来なかった。

「はい、どうぞ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」

プリンの箱を受け取って、砂夜子は小さく礼を言う。すると遊斗はにっこり笑って頷いた。
キラキラ光る笑顔に、砂夜子の胸がほんの僅かに高鳴った。じんわり熱くなる頬を手で押さえ、砂夜子は足早にその場を立ち去ろうとする。
プリンを手に入れたこともあり、店を出ようと遊斗を振り返った。

「……遊斗?」

振り替えれば、遊斗は見知らぬ若い女性とにこやかに話をしていた。
改めて砂夜子は周りを見渡し、気が付く。
遊斗が沢山の女子の視線を集めていたことに。

「……」

プリンの箱を抱えていた砂夜子は、気分が冷めていくのを感じた。
そのまま何も言わずに店を出て歩きだす。

店の外のテラス席に座ると、プリンの箱をテーブルに置いて突っ伏した。

(……チャラチャラと女をはべらせやがって……あんなチャラ男嫌いだ)

心の中でひとりごち、すんと鼻をすすった。
その時、誰かの掌が頭を撫でた。
掌は砂夜子の黒髪を何度も優しく撫でる。
そんなことが出来るのは一人だけだ。砂夜子はのろのろと顔を上げた。

「……遊斗、勝手に触るな」

「ごめんごめん」

軽いノリで遊斗は謝り、砂夜子の向かいに腰を下ろすとしゅんと眉を下げる。
急に表情を変えた遊斗に、砂夜子は訝しげにその顔をうかがった。

「……遊斗?」

「ごめん」

「……は?」

突然の謝罪に砂夜子は目を丸くする。
遊斗は砂夜子を真っ直ぐ見据えて言った。

「砂夜子が何だか寂しそうな顔で店を出たから……。一瞬だけだけど、君を一人にしてしまったせいかなって」

本当に申し訳なさそうな様子だ。
整った顔が歪むのを見て、砂夜子はちりっと胸が痛むのを感じる。

「別に何ともない。頼むからそんな顔しないでくれ」

「だけど……」

「いいから気にするな。私は寧ろ感謝している。お前のお陰で欲しかったものが買えたからな」

身を乗り出して、砂夜子は遊斗の肩に手を乗せ軽く叩いた。そして小さく微笑めば、遊斗の表情がみるみる明るくなった。

「なあ、やっぱり寂しかった? 俺が他の女の子と話してて」

にんまりと遊斗が笑って砂夜子の顔を覗きこむ。
砂夜子はむっと眉を寄せ、ふいっと顔を逸らすと言った。

「寂しくない。お前なんてどうでもいい、興味ない」

「ふーん?」

「なんだその顔は」

じとっと砂夜子が遊斗を見る。
遊斗は砂夜子の視線をものともせずに、とびきりの笑顔を浮かべた。

「いや、やっぱり砂夜子には俺が必要だなって思ってさ!」

「……お前というやつは……」

少しの間を空け、砂夜子は呆れたように言うと、持っていたプリンの箱を開け中身を取り出した。
スプーンを持ち、プリンを一口分乗せると遊斗に突き付ける。

「え?」

「お前が買ったものだから、最初の一口をやる」

ちょっぴり無愛想な顔で告げる砂夜子。
遊斗は笑顔で頷くと、スプーンを持つ砂夜子の手首を掴み差し出されたプリンを食べる。
自分でやっておきながら恥ずかしそうに俯いた砂夜子を満足げに見ると、クスッと笑った。



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知ってる?
ゆとさよって天使なんだぜ?





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