第10話





海岸に出るも、野郎たちの気配はない。
目の前で●●●が、海に腰まで浸かって、おれが吐き出した白いものを、洗い流しているだけだ。
そんな姿をじっと眺めて
アイツのあの声を聞かれなくて良かったと、胸のどっかでホッとする。

おれが嫉妬とはみっともねェ。

けど、それくらいアイツは俺にとって……特別なオンナになっていた。
コロコロと表情を変え、掴みどころのないアイツが――…どうしようもなく、愛おしい。



反面。

おれはいつ死ぬかも分からねェ海賊。
いつか、アイツを残して死ぬかもしれねェ。…なんて事を考えると、胸のどっかがチクンと痛む。

いつ死んでも悔いはねェ……そう思ってた、この俺が。

そんなんだからか、こんな島で2人で暮らすのも悪くねェな……なんて。
できもしねーことを、思っちまう。
そんな風に考えちまうのは……ここでの時間がおだやかで、ゆったりしているからだろうか。



「さて………」

つまんねーおセンチは、ここまでだ。
アイツを残しておれが死ぬ?
ねえな。
ふッと笑って、投げたままの己のシャツを拾い上げ、どっこらせと木陰に座った。







「おーーい、●●●ッッ!」

改めて呼び掛けると、きょとんと●●●が振り向いた。

「暫くここで休んでいくぞ!…それから戻るか」

男ってのは、精を吐き出した後ってのが、タチが悪い。
軽くなるどころか、身体がダルくてしかたがねェから
今から歩くなんざ、まっぴらごめんだ。
分かったらしい●●●が、コクンとうなずく。


「…ってことで、沖に行ってくれるなよ?ここらでてきとーに遊んでろ!」

ホントは隣に来て膝枕の1つでも、してもらいてー所だが。
めったに出会えねェ綺麗な島だ。
沖に行かなきゃ危険もねェだろう。
いつの間にか海は干潮を迎え、波打ち際はずいぶん遠くなっていた。


●●●が、にこっと笑ってコクンと頷く。
それを確認してから、頭の下で腕を組み、その場にオレは寝転んだ。

「………」

今朝の早起きが効いたのか……すぐに目蓋が重くなる。
情事のあとの心地イイ疲れの中。ウトウトとオレは昼寝をした。









「きゃぁぁぁぁぁーーー!!!!」


どれくらい経ったか、●●●の悲鳴で飛び起きた。
慌てて回りを伺うも、見える範囲に奴が居ない。


「●●●ッッッ!!!」

身体中の血液が、逆流する。
まさか、俺らのほかに、人が居たのか?

いやまさか……
振り払っても、最悪の事態が頭をよぎる。



「●●●ッッ!!返事しろッッ!!」

波打ち際まで駆けて行き、辺りを見る。
足元にはザブンザブンと打ち寄せる波。
海は干潮を終え、海岸線は元の位置に、戻りつつあった。



「…‥せんちょ…」

そこに、微かに聞こえた、か細い声。
ザブザブと海に入って声のほうを見てみると、少し離れた岩場の所に、●●●が居た。

「頼むから心配掛けてくれるな」

その周辺に、人影は無い。
胸を撫で下ろすも、●●●は海に腰まで浸かって、座ってる。つーか。
青い顔で尻餅をついているようだった。


「どうしたよ…」

やれやれと近づくが、●●●は岩場を見つめたまま、わなわなと身体を震わせている。


「ヘビでもいたか?」
「…………」

●●●は、こっちを見ることなく、首を横にブンブン振る。


「なら…虫か?」
「……。ち……ちがう…!」

ようやく声を発したかと思うと、ゆっくりとこちらに振り返り
震える指で岩場の1点を指差した。

「ああん?」

そこには、3分の1ほど海水に浸かった石ころが、いくつか並んでいるだけだ。
干潮の間、そこで貝かなんかを拾ってたんだろう。

「そこになんかあるのか?」

起こしてやろうと近づくと、●●●はダッと立ち上がり、走ってきたかと思うと
ぎゅ、と腰にしがみついた。

「…っ、…おいおい、どうしたよ」

カワイイじゃねーかよ。
抱き締めてやるも、それどころじゃねーらしい●●●は、震える指で
再度岩場を指差した。

「船長…あそこ…見て?」
「ああン?」

なにを見つけたか知らねーが。…よほど怖い思いをしたらしい。
カタカタ震え、その1点をじっと見ている。
身体を離し、ジャブジャブとそこに行ってみれば……●●●はさっきの場所に突っ立ったまま、遠巻きにおれを伺っている。

「ここか?」

振り返れば、ブンブンと首を縦に振る。
おいおい、首がちぎれるんじゃねーか?
その間も、確実に潮は満ちてきて、底は見えなくなっていた。

「いったい何が、あるってんだ?」

ズボッと手を入れ「んー」と中を探ってみる。
すぐに、まーるい物が、指に触れた。
恐らく●●●が、砂ン中から掘り出したんだろう。
指を入れるには丁度いい穴が、うまい具合に開いている。
中に砂が詰まっているが……構わず指を突っ込んで、ぐいとそれを持ち上げた。


「これか?」

ザバァァァー…とそれを引き上げる、と。


「…!…いやぁぁぁぁーーー!」
「おいッ!」

●●●は「ひっ!」と目を剥き叫んだかと思うと
呼び止める声にも振り向かず、歩いてきた海岸を、奴らの方へと走り去った。
その背中を呆然と見送る。


「あーあ。…水着のまんまでよぉ…」

どうせ、ナギのとこに行くんだろ?
なにかっつーと、ナギのとこに、行く●●●。
それが気にくわねぇんだよ、と、重い溜め息を1つつく。
それから引き上げたモンを改めて見た。




「……っ!」

そしておれも、息を呑む。
手にあるそれは、俺らが1番、見慣れてる。つーか。
船の上ではためいている――…いわゆる【髑髏】ってヤツだった。

もう1度海水につけ、ジャブジャブと砂を洗い流す。

引き上げてみりゃ……やっぱり髑髏で。
大きさからいって女。 それも、成人の女の頭蓋骨だ。


「おまえ。いつからここに居たんだ?」

長く海水にあったせいでか、真っ白になってて、綺麗なもんだ。
……けど、なんといっても、所詮は骨。
アイツを驚かす以外、何の役にもたちゃしねー。

振りかぶって、投げようして、……やっぱりやめた。



「おまえ…ずっとここにいたんだよな?」

いつから有るかも、どこから流れてきたかも、分からねェ…骨。
そしてここは、海図にも載ってねェ、小さい島。

俺たちがこの島に来なければ。アイツが海に入らなければ。干潮じゃなければ。
見つかる事は無かっただろう。



「…1人ぼっちでさびしかったろ…」

来る途中で●●●が言った、「なんだか淋しい――」
そんな言葉が不意に浮かんで、無性にコイツが、むごい気がした。

誰も居ねェこの島に、たった独りで埋まってたんだ…



「一緒に行くか?」

なんでそんな言葉をかけたのか、俺にだって分からねェ。
けど、向き合うドクロは、どこか俺に頷いた気がした。


「ほんじゃ…行くか」

手にある骨を脇に抱え、おれは鼻で、ふ…っと笑う。
浜に戻ると己のシャツでそれをくるみ、野郎どものいる場所へ向け
おれもちんたらと歩き出した。





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