第2話
翌日の仕込みも、終わりが見えた頃。
視界の隅に時計が見えた。
「……10時か……」
呟く声が聞こえたらしく
ダイニングの床にモップをかける●●●が手を止めた。
「もう、そんな時間ですか?」
そして腰をトントン叩く。
「長いこと、手伝わせて悪かった」
ありがとな。
礼を言うと、●●●は「いえ」と、おれの方へ駆けてくる。
「それで仕込みは……」
「ほぼ終わりだ…」
助かった、と、見上げる頭をくしゃりと撫でる。
すると●●●は、何故か声を落として、目を伏せた。
「そっか。…もう、終わりですか…」
「なんだ。もっと働きたいのか?」
「……っえ?」
冗談めかすと弾かれたように顔をあげ、おれの腕を、バシッと叩く。
「もォー…そんな訳ないじゃないですか…」
「そうか?」
「で……ナギさんもこれで終わりですか?」
問われて向けた視線の先には、今日買ってきた、野菜や肉。
仕舞う暇も無かったが。
在庫の把握もしとかねーと今後の献立に支障をきたす。
「オレはアレを仕舞いがてら……」
「あ…!…だったら私も手伝います!」
●●●は言葉半ばで踵を返し、厨房の隅へと走り出す。
「…っオイ!」
その手首を咄嗟に掴み、くるんとこちらに振り向かせた。
「え…」
「お前はもういい」
「でも……っ」
「疲れてんだろ?」
掴んだ手を、顔の前まで持っていく。
そこには、指に巻かれた絆創膏。
「あ……」
「それより……風呂にゆっくり浸かってこい」
「…………」
「1時間もありゃ、足りるだろ?そのあと俺も入るからな。ちゃんと出とけよ?」
な、と、口元だけで笑って告げると、●●●は申し訳なさげに目を伏せた。
「そっか。…私が早く入らないと……ナギさんまで、遅くなっちゃいますもんね…」
「……は?」
「疲れてるのに……」
何を勘違いしたのか、●●●はシュンと肩を落とす。
遅くなるのは慣れてるから、別におれは構わねーけど。
そう付け足す前に、掴んだ手が引き剥がされた。
「ごめんなさい。…わたし全然気づかなくて。…いつまでもここに居座っちゃって…」
「………いす?」
「じゃわたし……行きます」
「……って、●●●…!」
呼び止める声にも振り向かず、手に持つモップを立て掛けると
●●●は走ってキッチンを出ていった。
「なんだよアイツ……」
らしくない態度に、おれは首をかしげた。
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