職業村人、パーティーの性処理要員に降格。


 04

 久し振りによく眠れた気がする。
 体の熱もなく、体を起こした俺はそのまま伸びをした。
 そして、その部屋が自分の部屋ではないことに気付いた。
 甘く柔らかい匂い――あのいけ好かない男の匂いだ。部屋の主は見当たらない。ならば、とベッドから降りる。
 昨日はあれほど怠かったのに嘘みたいに体が軽かった。
 ――今日が最後だしな、お前がこんな綺麗なシーツで寝れるのは。
 昨夜眠りにつく前、メイジの言葉が蘇る。そして、改めて自分の置かれた立場を思い出した。
 ……今晩、俺は俺でなくなる。演技だと気付かれたら今度こそ終わりだ。
 覚悟は決めていた。不安がないわけではないが、腹も括っている。
 それでもまだ、なにか別の突破口がないのかと探してしまうのは性分なのだからどうしようもない。どうしても今夜のことを考えたら気が重くなる。
 思考を払ったときだ、空腹に腹が鳴る。
 ……そうだ、飯。昨日はろくに食べていない。
 俺は食べ物を探すためにメイジの部屋を出ていこうとした。
 そのとき、部屋の扉が開いた。現れたメイジは俺の姿を見るなり薄く微笑むのだ。

「随分とよく寝てたな。……どこに行くつもりだ?」
「……腹が減ったから、飯……探しに行こうと思っただけだ」
「寝て、起きたら飯か。健康的で何よりだ」
「……っ、悪かったな」

 なんだかむずむずする。落ち着かない。
 今までは腹立つだけだったのに昨日の今日だからか、やけに優しいその目が逆に居心地が悪いのだ。
 ……というよりも、こいつに対する嫌悪感が薄らいでいる自分に戸惑ってる。どんな顔をして会えばいいのかよくわからない。

「飯だったら一階に食堂があったぞ」
「……ここは、俺たち以外の人はいないのか?」
「ここは廃墟だからな。一応魔力で使えるようにはしてやってるがその辺はどうしようもない。シーフがいるだろうからなんか食わせてもらえばいい」

「あいつの飯は悪くないぞ」とカウチソファーに腰を掛けるメイジ。
 シーフが料理を嗜むことも驚いたが、廃墟を勝手に使っていたのかと呆れる。
 ……おまけに、この部屋を見るからに完全に私物化しているし。

「お前は……ここに居るのか?」
「なんだ? ……まさか、俺と一緒にいたいなんて言い出すんじゃないだろうな」
「ち、違う!」
「は、そうか? ……俺は色々忙しいんだよ。今晩のことでな」
「……」
「それと、誰かさんが人の気も知らずに隣で爆睡していたからな。余計心労がたたっている。儀式を失敗させないように今から瞑想でもしないとな」

 お前が勝手に添い寝してきたんだろう、と言ってやりたかったが無視した。
 ……瞑想なんてしてるとこ、今まで一度たりとも見たことないぞ。
 どうせ酒盛りでもするのだろう、下手に絡まれる前に大人しく俺はやつの部屋を出た。
 そのまま一階に繋がる階段へ向かおうとしたときだった。

「……随分と、長い間メイジと一緒にいたんだな」

 掛けられた声に冷水を浴びせられたように体が凍り付いた。
 通路に座り込んで俺を待っていたらしいやつ――イロアスはそのままゆっくりと立ち上がる。

「あいつは部屋に入れないように魔法を掛けていた。物音一つ聞こえやしない。……そんなに邪魔をされたくなかったのか?」

「なあ、いつの間にそんなに仲良くなったんだ」スレイヴ、と名前を呼ばれた瞬間、冷たいものが背筋に走った。

「イロアス……ッ」

 咄嗟に身を引いた。
 この男は俺の記憶を消すと決めたのだ。
 そして、その方法を知っている。
 ――油断できない。

「なんだ、その顔。……そんなに俺に会いたくなかったのか?」
「っ、……」
「……口も利きたくないのか」

 正確には、俺自身にもわからない。
 嫌でも顔を突き合わせなければならないというのもわかっていた。それでも、全てを聞いてしまった今この男に対する怒りが沸々と湧いてくる。

「……なんで、ここにいる」
「……気になったんだよ。シーフもナイトもお前を知らない。……メイジ、あいつは部屋から出てこないし……一緒にいるだろうとは思ったが」
「……ッ、……」
「……大丈夫だったか?」

 伸びてきた手を咄嗟に払い除けた。
 乾いた音が響く。こんなこと、前にもあった。
 それでも今度は罪悪感などなかった。
 目の前の勇者の表情が凍り付いた。

「……っ、スレイヴ……」
「俺が、どこで何をしようとお前に関係ないだろ……ッ」
「……スレイヴ、俺は……ッ」
「っ、触るな……ッ!」

 イロアスと一緒に居ることは耐えられなかった。
 心配するふりをしたところでこの男は鼻から俺のこの記憶も全て消すつもりなのだ。
 そう思うと、反吐が出そうだった。
 裏切られた。一時期の迷いだと信じていたのに。
 信じていたからこそ余計、目の前の男が俺の知っているあいつだと思いたくなかった。
 それなのに、やつはまるで怯えたように俺を見るのだ。

「……っ、スレイヴ、悪かった……お前が嫌なら触らない……」
「……退けよ、お前の顔なんて見たくないって言っただろ」
「……スレイヴ」
「……っ、……」

 こんなこと言いたいわけではなかったのに、こいつの顔を見ると故郷の村の皆の顔を思い出して余計許せなかった。
 そのくせ、自分は何もしてないですという顔で俺を見るのだ。……理解できない。

「……お前が、そんなやつとは思わなかった」

 見損なった。失望した。私利私欲で働き、他人を陥れる。そんなこいつの記憶を消せないと思ったのはこいつのためだけではない、この記憶はもうここにはいない村の奴らが生きた証でもあるからだ。
 言い聞かせる。それでも、怒りが収まらない。
 イロアスは苦しそうに顔を歪める。
 けれど、その先の言葉は聞きたくなかった。俺はその場から動かないイロアスを無視して一階へと降りた。
 心臓が痛い。怒りの方が勝っているはずなのに、軋むように心臓が痛む。鼓動が加速する。
 ……なんで、こんなに苦しいんだ。
 あいつの顔が浮かんでは心臓が張り裂けそうになる。――まさか、罪悪感?誰に対する?
 まるで、頭と心が噛み合っていないようだった。
 言いたいことを言えばスッキリすると思っていていたのにただ苦しさが増すばかりだ。
 俺は思考を振り払い、メイジから聞いた食堂へと向かった。


 食堂らしき扉に近付くに連れ、食欲を唆るような匂いが廊下に漂ってくる。
 それに反応するかのようにぎゅるると鳴る腹部を押さえ、俺は食堂の扉を開いた。
 まるでレストランのようなこじんまりとしたバーカウンター付きの食堂。そこには見覚えのある広い背中を見つける。
 カウンター席で項垂れているのは間違いない――ナイトだ。
 そしてそのカウンター内、酒瓶片手に何やらナイトと話していたらしいその男はこちらに気付くとニヤリと嫌な笑みを浮かべる。

「よお、久しぶりだな。……っつっても、一昨日ぶりか、スレイヴ」
「っ、スレイヴ殿……?」
「…………」

 正直、食欲失せるようなメンツだ。
 ……こんな中で食べた料理など味もしないも同然だろう。よりによって会いたくなかったナイトまでいる。けれど、腹は減るのだ。
 飯だけ掻っ払ってさっさと部屋に戻ろう。そう俺は食堂を過り、厨房らしき扉まで向かうが「待てよ」とシーフに呼び止められた。

「メイジのやつにそろそろお前が起きてくるだろうからって飯用意してやったんだよ。ほら、こっちで食ってけよ」

 あまりにもこの男はいつもと変わらない。
 それが余計腹立って、誰が食うかと睨んで無視しようかとしたがカウンターテーブルの上、どん、と置かれるプレートランチに思わず固唾を飲む。
 いい匂いの正体はそれか。

「……お……っ」
「お前好きだろ、こういうの」
「……っ、変なもの、盛ってんじゃないだろうな」
「飯に細工なんて罰当たりな真似しねえよ。要らねえんならナイトに食わせるがな」
「いや……自分は、もう充分腹を満たすことはできた。……それに、俺はもう戻る。気にせず食べていくといい」

 そう、立ち上がるナイト。が、しかし酔いが足に来てるのだろう。その場に崩れ落ちそうになるナイトに「おいおい」とシーフが呆れたように笑う。「少々躓いた」などと下手な言い訳を並べ、再度立ち上がろうとするがその巨体が揺れる。
 これは転ぶな、と思い咄嗟に俺はナイトを支えた。

「……飲み過ぎだ、アンタ」
「……っ、スレイヴ殿……」

 側に来てその酒の匂いにぎょっとする。おまけにこちらを向くもののその焦点は定まっていない。

「……手を煩わせてすまない、大丈夫だ」
「嘘つくな。酔っぱらいは皆そう言う」
「……っ、スレイヴ殿……」

 食堂奥、広めのソファーへと引き摺るようにしてナイトを座らせれる。
 とろんとした目は普段のナイトからは想像つかない。

「悪いなスレイヴ、実は昨夜からずっとこの調子でどうしたもんかと思ったんだが……いや助かった」
「……っ、まさか夜通し呑んでいたのか?」
「メイジの結界は強力でな、俺らも出られないんだわ。だから暇潰すにはこれしかないだろって」

「予め買い込んでた酒が役に立って良かった良かった」と笑うシーフに呆れて物も言えない。
 とはいえシーフは元からこういういうやつだ、けれどナイトが酔っているところなんて見たことないしそんな無茶な呑み方をするようにも思えなかった。
 なんでそんなことを、と言い掛けて昨日のやり取りを思い出す。

「……っ、……」

 その先のことは考えなかった。
 静かになったと思えば眠りについたのだろう、そのままソファーで眠り始めるナイトに内心ホッとしながらも俺は空いたカウンター席に腰を下ろした。

「それでお客さん、お飲物はどうなさいます?」
「……水でいい。あとその腹立つ演技も辞めろ」

 シーフも大分飲んでるようだがこいつは酒にはめっぽう強い。
「つまんねえやつ」と笑い、そのままシーフは飲み物を取りにカウンターの奥へと引っ込んだ。
 暫くもしない内に水が入ったボトルとグラスを手にしたシーフが戻ってくる。

「ほら、どうぞ。腹減っただろ。昨日もメイジに付き合わされてずっと部屋から出してもらえなかったって聞いたぞ」

 グラスを受け取る。透き通ったその水を見てそこで自分が喉が渇いていたことを知る。
 無視したかったが、こうして飯まで出された今無視するのもばつが悪い。

「……あいつがそう言ってたのかよ」
「いや、勇者がお前がメイジの部屋から出てこないって騒いでた。メイジのやつは否定もしなかったがな」
「…………」

 あいつ、と舌打ちが出る。
 受け取ったフォークで目の前の料理を口にすれば、見た目以上の味が口の中に広がり思わず目を開いた。
「美味いか?」と、ニヤニヤ笑いながら聞いてくるシーフを無視して俺は更に二口目、三口目と空腹の腹に飯を掻き込んだ。

「がっつき過ぎだ。別に誰も横取りしねえからゆっくり食えよ、喉に引っ掻かんぞ」
「……っ、別に、がっついてなんか……」
「ほら、水もちゃんと飲めよ」

 この男にいいところなどあるのか?と思っていたが、まさか料理ができるとは知らなかった。
 素直に美味いと褒めるのも癪だった俺は無言で水を流し込み、再び食事を再開させる。

「――メイジ、あいつは随分お前のことを気に入ってるみたいだな」

 ふいにあいつの名前を出され、喉に飯が突っかかりそうになる。
 カウンター越し、酒の入ったグラスを呷るシーフを睨む。やつはどこ吹く風でそれを受け流すのだ。

「別に、気に入られてなんかない」
「俺もそうだと思ったんだがな、あいつには執着とかそういったものは無縁だと思ったんだがな……正直俺も驚いた。魔道士には偏執狂の変態が多いと聞いたが正しいみたいだな」

 それについては否定はしないが。
 あいつのことは俺にもよく理解できない。
 居心地が悪くなり、俺は誤魔化すようにグラスに口を付ける。

「ったく、無視か。相変わらず可愛くねえな」
「今飯を食ってる。……飯が不味くなる話はやめろ」
「はは! 確かにお前にとっちゃそうだな」

 ……この男は変わらない。
 寧ろ今まで最初から無礼なだけだろうが、下手に気を遣ってくるわけでもない。
 そう考えてしまうのは余程疲れているからだろうか。
 ともかく、さっさと飯を食って部屋へ戻ろう。そう食事に集中しようとしたとき。

「そういや口直しに作ったデザートもあるぞ。食うか?」
「……っ、いらないなら、食う」
「お前、本当飯のことになると素直だな」
「こっちは腹が減ってるんだ。……文句あるのか?」
「ねえよ、別に。けど、お前なら『どこの馬の骨か分からないやつの作った飯なんか食えるか!』って嫌がると思っただけだ」
「……飯に罪はないし、腹が減ってるから食うだけだ。別に、お前の手作りかどうかはどうだっていい」
「ふーん?」
「……じろじろ見るなよ、食いにくい」
「いや、はは、普段からそう素直だと可愛げがあるってもんだが……今冷やしてるからそれ、食い終わったら持ってきてやるよ」

 ん、とだけ返せばシーフは笑う。

「……お前、飯作れたんだな」
「そりゃ生きていくには必要なスキルだろ」
「一度だって料理作ってこなかったくせに」
「美味い飯屋があるんならそっちで食う。それともなんだ? スレイヴは俺の飯が美味すぎるあまり毎日朝昼晩食いたいと」
「……っ、んなこと言ってないだろ」
「あーはいはい、俺が悪かったからそう拗ねんな。……と、食うの早いなお前」

 待ってろ、とグラスを置いたシーフは立ち上がり、冷蔵庫からデザートを取り出す。
 きんきんに冷えたバニラジェラートに思わず固唾を飲む。

「そら、やるよ」
「…………いただきます」
「ははっ、お前にいただきますって言われる日が来るなんてな」

 俺も、お前の手作り料理を食う日が来るとは思わなかった。
 それも、よりによって今日。
 なんとも皮肉なものか。それとも、この男はわかってて俺に豪勢な料理まで用意してくれたのか相変わらず読めないが……案外本当に何も考えていないのかもしれない。俺は思考を振り払い、目の前の甘味を堪能する。……美味い。

「ナイトは本当に真面目だな。……そう思わないか?」
「……っ、急になんだよ……」
「あ? まさかナイトの話も飯が不味くなるのか?」
「……ならないわけがないだろ」

 そもそも、誰のせいだと思っている。睨み返せば、シーフはなるほど、と肩を竦める。

「多感な時期ってわけか」
「……できることなら、お前の顔も見たくないがな」
「あ、なんだよそれ。そんなこと言うんだったらそれ、没収するぞ」
「……っ、できることならって言っただろ」

「お前にとってできることならは枕詞かよ」と苦笑するシーフ。

「……けどお前の方は思ったよりも元気そうだな。あんなことあったあとだ、俺らの顔なんて見たくないってずっと閉じ籠ってんのかと思ったが……おまけに呑気に俺の手料理まで食いやがって」
「……っ」

 内心ぎくりとした。
 何かを怪しまれているのか。もしかしてメイジとの企みに気付かれたわけではないだろうが……。

「……もしかして、スレイヴお前……」
「……っ、なんだよ……」
「ようやくお前も素直になったのか?」

 ムカつくあまりにグラスの水を引っ掛けそうになったが、寸でのところで留まった。
 相手は酔っぱらいだ、相手にするだけ無駄なのだ。
「そうか、まあ抵抗したって疲れるだけだもんな。……それがいい」

 シーフは一人うんうん頷きながら、よっこらせと隣のチェアに腰を掛けた。
 近付いて分かったが、この男相当な酒の匂いだ。
 よくもこんな状態で料理が出来たな。むかつきよりも感心すら覚える。

「……もう少し離れろ。酒臭いんだよ」
「お前も呑むか?」
「呑まない」
「付き合い悪いやつだな。前はあんな可愛く酔ってたのに」
「……っ、クソ……」

 余計なことを思い出させるな。
 嫌なものを感じ、ジェラートを口の中に掻き込んだ俺はそのまま「ご馳走さま」とスプーンを置いた。
 そして逃げるように立ち上がろうとしたときだ。

「……まあ、待てよ。せっかく来たんだ、もう少しゆっくりしていったらどうだ?」
「これ以上酔っぱらいに付き合うつもりはない」
「そう寂しいこと言うなよ。俺たちの仲だろ?」

 何が仲だ。握られた手を振り払う。そのまま立ち上がろうとしたときだ。足元がぐらりと揺れた。
 立っていられず、思わず体が傾く。

「……っ!」
「あーあ、相当足にキてんな」

 思うように力が入らない。おかしい、そう感じたときには遅かった。立ち上がろうとするが、目が回るように体に力が入らない。
 そんな俺を見て、手にしていたグラスを置いたシーフは立ち上がり俺の横まで来る。

「お、まえ……何を……ッ」
「おいおい、俺は本当に何も盛ってないからな。さっきのジェラートに酒入れたくらいだし」
「……っ!」
「まあ、美味かったんならいいだろ。ほら、立てるか?」

 クソ、こいつ。元はといえば俺のために作っていたのではないとわかっていただけに何も言えない。それでも、俺が酒が得意ではないと知っていたはずだ。
 抱き抱えられ、「降ろせ」と藻掻くが力が入らない。
 ナイトが眠りこけるソファーまで連れてこられ、寝転がらされる。やつの隙きを見て逃げ出そうとするが、跨ってくるシーフに乗られると身動きが取れなくなってしまうのだ。

「っ、や、めろ……ッ!」
「今更何言ってんだ? ……せっかくあいつの公認になったんだ、もうコソコソする必要もなくなったんだから人目なんて気にする必要なんてないんだぞ」

 この男は本当に何も変わらない。
 伸びてくる手に胸元を弄られ、息を飲む。一つ隣のソファーでは眠りこけているとはいえナイトもいるのだ。

「じょ、うだんじゃ……ねえ……ッ!」
「抵抗すんなよ。俺は無理矢理みたいな真似は好みじゃないんだ」

 こいつ、どの口で。怒りで頭がどうにかなりそうになったとき、当たり前のように塞がれる唇にぎょっとする。

「っ、ん、ぅ……ッ!」

 濃くなる酒気に噎せ返りそうになる。
 舌で唇を這った瞬間、つい昨夜の名残で自ら口を開けてしまいハッとしたときには遅かった。

「っ、待っ、て、この……ッん、ぅ……ッ!」

 ぢゅぽ、と濡れた音を立て口いっぱいに頬張らされる舌に頭の中が塗り替えられていく。
 眠っていたナイトが俺の声に反応するかのように小さく唸るのを見て、血の気が引いた。

「っ、シーフ、やめろ……ここは駄目だ……ッ」
「そんなにナイトにバレたくないのか? ……どうせもう一度は寝たんだ、気にする必要ねえだろ」
「っ、そういう問題じゃ……」
「酒が足りてねえんだよ、ほら、お前ももっと飲めよ」

 そうどこからか持ち出す酒瓶の口から直接それを喇叭のように飲むのだ。そしてそれを口に含んだまま口移ししてくるやつにぎょっとする。

「ん、っ、ぅ……ッ!」

 流し込まれる酒を必死に拒否しようとするが、唇から溢れる酒に混じってそれを回避して喉奥へと流れる感覚に背筋が震えた。口いっぱいに広がる酒の味に頭の中が白く靄がかったように霞む。

「っ、……こ、の野郎……ん、っ、んぅ……っ!」

 文句を言う隙も与えられなかった。口移しで直接体内へと酒を飲まされ続け、シーフの手にする瓶が空になったときには既に俺の意識は輪郭を失いかけていた。
 溢れるのも構わずに酒を浴びせられ、ソファーの上から逃げることもできない。

「ようやく可愛げが出てきたな」

 酒瓶に残った酒を俺の頭に掛け、それを舐め取りながらやつは笑う。
 どこを触れられてるのか最早感覚すらなかった。

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