職業村人、パーティーの性処理要員に降格。


 04

 何も心配しなくていい。自分が協力する。
 ナイトはそう言ってくれた。
 出来ることなら誰の手も借りたくなかった。借りてしまえばナイトまで共犯になってしまうのだ。
 手を煩わせることは気が引けたが、一人では難しいのが現状だった。

「すぐに貴殿が移動できるための馬車を手配しておこう。準備が出来ればすぐに知らせる、そして今夜中にはそれに乗って出るといい」
「……ナイト」
「……貴殿にも勇者殿にも未来がある、今夜で最後だと思うと寂しいが貴殿のためだ」

 このナイトの言葉にそうか、と思った。
 もうナイトと会えなくなるのだ。……勇者とも。
 そう思うと胸の奥がぎゅっと苦しくなるが、俺はそれを見てみぬふりをした。自分で決めたことだ。これは勇者やナイトたちのためでもある。そう言い聞かせて。

「では俺は準備に取り掛かろう。貴殿は……」
「アンタと、一緒にいたい」
「……っ、スレイヴ殿」
「……邪魔か?」

 宿にいてまた勇者の顔を見るのも嫌だった。……だから、このままナイトと一緒にいた方が合理的でもあると思った。
 全部建前だ、本当は最後かもしれないと思うと離れ難かったのだ。
 ナイトは慌てて首を横に振る。そんなわけがないだろう、と表情を柔らかくするのだ。

「……なら一緒に行こう」
「ああ」

 俺とナイトは立ち上がり、広場を出た。
 不安がないと言えば嘘になる。けれど、それ以上に一人で全て決めたときと比べて明らかに気分がよかった。隣にナイトがいるからだ。
 これで最後になるかもしれないと思うと名残惜しいが、自分が決めたことだ。弱音は吐かない。
 俺は喉先まで出掛けた言葉を飲み込んだ。



 全ては順調だった。恐ろしいほどに。
 ナイトが用意してくれた馬車。それで俺の知ってる街まで送ってくれることになる。荷物も全部置いてきた俺は無一文だ、そんな俺の代わりにナイトが金を出してくれたのだ。流石に悪いと断って徒歩で行くと伝えたが「せめて最後なのだからなにかさせてくれ」と半ば強引に渡されたのだった。

 出発前、途中何があるかもわからない。日持ちする飯をいくつか買って荷袋に詰め込み、俺たちは再び馬車まで戻ってくる。

「……アンタまで他のやつらを騙させるようなことになってしまって悪かった。……けど助かった。俺はアンタがいなかったらきっとなにもできなかった」

 ありがとな、と頭を下げればナイトは「それは違う」と首を横に振るのだ。

「俺が貴殿を助けたいと思ったのも全部、貴殿だったからだ。ひたむきな貴殿の姿を見て力になりたいと思えたのだ」
「……ナイト」
「すまない、どうも湿っぽいのは苦手でな。……貴殿なら何があっても大丈夫だ」

 達者でな、と肩を叩かれる。これで本当に最後なのだ。言いたいことは色々あった、もっと色んな話もしたかった。――けど、決めたのは俺だ。
 俺はナイトを抱き締めた。身長が足りなくてみっともないかもしれないが、それでも言葉だけでは伝えられなかったのだ。
 一瞬腕の中でナイトの体が驚いたように跳ね上がるがすぐにナイトは俺を抱き締め返してくれたのだ。温かい体温に包まれる感触が心地良くはなれ難い。それでも離れないといけないのだ。
 どちらからともなく体を離す。これ以上ナイトといると益々別れが辛くなりそうで怖かった。

「――じゃあな」
「ああ」

 そう、ナイトに別れを告げ馬車の荷台に乗り込もうとしたほんの一瞬だった。

「……っ、スレイヴ殿」

 名前を呼ばれた。振り返ろうとした瞬間、視界が陰る。唇に何かが触れたと気付いたときには既に離れたあとだった。
 ナイト、と名前を呼ぶよりも先に背中を押されるように荷台に乗せられる。そして、ナイトの合図で馬車が動き出したのだ。

 寂しくないわけではない。悔いだってある。
 あいつにちゃんと挨拶もできなかった。けれどもし最後に会ったとしてもあいつは俺の話を聞こうとしなかっただろう。
 ……これで良かったのだ。そう自分に言い聞かせることしかできなかった。

 荷台の片隅に腰を下ろしたまま目を瞑る。ナイトが貸し切りで用意してくれたお陰で馬車の中は静かで、落ち着けた。
 ――ナイト。
 なんで最後にあんなことしたんだ。
 唇の熱は未だ取れない。眠ろうとしてもそのことばかりが、あの唇の感触が蘇っては何も考えられなかった。

 この先は長い。とにかくあいつらから逃げるためにこの都市を出てここから離れた田舎町へと向かう算段になっていた。
 少し眠るか。とっぷりと日も暮れた外を確認して、そう目を瞑ろうとしたときだった。走っていた馬車が止まるのだ。
 関所に着いたのだろうか、そんなことをぼんやりと考えていたときだ。いきなり荷台の扉が開いた。

「な……――ッ」

 なんで、と反応するよりも先に現れた人物に血の気が引いた。

「ほら、見つけた」

 俺の姿を見るなり、そいつ――メイジは薄く笑うのだ。楽しげに、どこか憐れむような色も滲ませ。

「お前は本当に隠れんぼが下手だな。その辺のガキのがまだ上手くやれるぞ」
「っ、メイジ、なんで……」
「ネズミ探しを頼まれたんでな」

 誰に、なんて言葉は飲み込んだ。
 メイジの背後でもう一つ影を見つけたからだ。
 そしてメイジは背後の男に笑いかけるのだ。

「言っただろ勇者サマ、そんなに慌てなくてもすぐに見つかるって」

 ――そこには、あいつがいた。

「…………スレイヴ」

 背筋が凍った。
 見付かった。何故、どうして。ナイトが行き先までバラしたとは思えない。ならば。
 咄嗟に荷台から逃げ出そうとしたが、立ち上がろうとした瞬間全身が石のように硬くなり動けなくなる。メイジの仕業だとすぐにわかった。

「……馬鹿だな、俺から逃げられると思ったのか?」

 クスクスと笑いながらメイジは俺を拾い上げ、そのまま荷台から引きずり降ろそうとする。
 ここがどこかなのかもわからない。辺りは暗く、酷く静かだった。

「わざわざ悪いね、これ今回の御礼な」

 そして、メイジは馬の御者に金を渡していた。それを受け取りぺこりと頭を下げて馬に乗る御者の男に全てを察した。
 最初からメイジは張っていたのだ、俺が逃げそうな場所を予め。だから全部俺たちの行動は筒抜けだった。そう考えるとナイトのことが心配だった。けれどそれよりも今は我が身だ。


 逃げることも動くことすらできない。勇者とメイジに連れられてきた場所がどこなのかもわからない。メイジは馬車を見送るなり俺を近くの道へと放り投げるのだ。

「っ、つぅ……ッ!」
「んで、どうすんの勇者サマ。こいつ」

 さっきからろくに喋らない、顔もよく見えないだけに勇者の考えてることが分からなくてただ恐ろしく思えた。あれほど手に取るようにわかっていたあいつが今は得体の知れない化物のように見えてしまうのだ。
 それでも、それだけは気取られたくなかった。

「……本気だったのか?」

 勇者の発した言葉は酷く焦燥して聞こえた。

「……本気で、出ていくつもりだったのか。……俺に黙って、俺を、置いて」
「…………っ」
「答えろよ、スレイヴ」

 動けない体の前、俺の前までやってきた勇者に肩を掴まれる。その手を振り払うことも出来なかった。

「っ、俺の……俺の気持ちはとっくに伝えてたはずだ、お前が聞かなかっただけだろ……っ!」

 夜の林に自分の声が大きく響いた。何故勇者がショックを受けたような顔をするのかわからなかった。

「な、言っただろ? 勇者サマ。……口で言っても無理だ諦めろって。こいつは驚くくらい意固地だからな」
「……っ、メイジ……」
「こんなところでうだうだやっても埒は明かないだろ、それならもっと効果的な方法があるだろ?」

 なにをするつもりだ、とメイジを睨もうとしたときだ。伸びてきた手のひらに目元を覆い隠される。視界が遮られぎょっとした瞬間だった。
 メイジが何かを囁いた。それを認識するよりも先に心臓が大きく跳ね上がり、全身を巡る血液が一気に沸くのだ。

「っ、な、にを……ッ!」
「物分りの悪いクソガキには頭と体で教え込むのが一番手っ取り早いんだよ」
「……ッ!」

 言われてハッとする。そうだ、あの訳のわからないスライムに襲われたときと同じ血の湧き方だ。じんじんと熱が滲むように熱くなる全身。それらの熱が下腹部に集中するのを感じ、息が詰まる。

「……っ、め、いじ……」
「おい、お前……っ」
「まさか勇者サマ今更可哀想だとか言わないよな。俺を散々タダ働きさせたんだ、少しくらい楽しませてもらってもいいだろ」

 背後から抱き締めるように回された手に息を飲む。嫌なのに、逃げたいのに、熱く火照った体は思うように動かない。その代わりに脇腹から平らな胸までをねっとりと撫であげられれば、それだけでぞくりと全身が泡立つ。

「っ、や、め……ッ」
「もう甘勃ちしてんのな。本当想像力だけは豊かで羨ましい限りだ」
「て、めぇ……ッ」

 こいつの前でやるつもりなのか。あまりにも当たり前のように触れてくるメイジに俺は青褪める。胸筋を揉まれ、その掌が突起を掠めるだけで恐ろしいほど頭の中が真っ白になり、より乳首の先端部に神経が集中するのを感じた。
 助けてくれ、なんて、言えなかった。

「なあ勇者。これは罰だろ? ……なら、もう二度とこんな真似しないように教え込まなきゃならないだろ」
「っ、メイジ……」
「それともなんだ、お前はナイトが俺たち騙してこいつが乳繰り合ってたのも全部許せんのか?」

「俺なら無理だな」と、笑うメイジはそう言って徒に乳首を揉むように潰すのだ。仰け反り、俯きそうになる俺の顎を掴んだメイジはそのまま無理矢理勇者の方を向かせてきやがった。

「っ、ぁ……あいつは、違う、そんなやつじゃ……ッ」
「庇ってんのか、涙ぐましいなぁ? けど、お前やっぱ頼るやつ間違えたよな」
「っ、ゆ、うしゃ……」
「勇者、お前は許すのか? 自分に隠れて他の男と逃げ出そうとしたこいつを」

 するりと顎の下、そして唇を撫であげられる。冷たい汗が額から流れ落ちた。

「………………許せない」

 その言葉に、メイジは耳元で笑った。
 最後、辛うじて保っていた一本の糸が切れた瞬間だった。

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