02
翌朝。
「なあなあなあ!ミチザネ!ミチザネー!」
「っおい!人の名前をでけー声で叫ぶんじゃ……」
「ミチザネ、俺、カラオケ行きたい!」
「……は?」
通学路の途中。ミチザネは眉間に皺を刻ませたまま固まった。そんな俺達の横、ミチザネと一緒に登校していたシズマは「朝から相変わらず仲良しだね、二人とも」と笑う。
「シズマもカラオケ行こうぜ、カラオケ!」
「へえ、いいじゃないか。僕は嫌いじゃないよ」
「静間、お前……つか、おい、お前また変なものに影響されただろ」
「変なもの?カラオケは変なものなのか?ダイスケは変なやつなのか?」
「……っ、またあの人か」
何故だろうか、ミチザネは不快そうな顔をするのだ。挙げ句の果。
「行きたいんなら勝手に行けばいいだろ。静間が付き合ってくれるぞ」
「ミチザネは?」
「俺は絶対行かねえ」
「え」
絶対、絶対?なんでだ。あんなに楽しいのに。
ミチザネくらいの年齢だとカラオケはよく行くものだって聞いたのに。ダイスケ、俺に嘘吐いたのか。
「まあ気にすることないよ、道真は昔から人前で歌うの好きじゃないからね。合唱のときですら歌わないやつだから」
「なんでだ?音痴っていうやつなのか?」
「お前には関係ないだろ」
目を釣り上げて怒るミチザネは「静間、お前も余計なことを言うな」と語気を強めた。はいはい、と肩を竦めた静間。
ミチザネは音楽が嫌いなのかと思ったが、ミチザネは音楽をよく聞いてるし歌うという行為が好きではないとだろう。だとしたらそこになにかしら理由があるのか。
歌が下手だから恥ずかしがる人間もいるということも聞いていたが、もしかしてその類いなのか。
だとしても、俺に大して恥ずかしがるのも変な気がするが。
「俺、昨日ケイシにたくさん曲教えてもらったんだ。ミチザネがよく聞いてる曲のアーティストも教えてもらった、完璧に歌えるぞ!」
「お前の場合は歌うっていうか……あークソ、とにかく俺は行かねえからな」
「あっ、おいミチザネ……!」
余程嫌だったらしい、結局ミチザネはさっさと歩いていってしまった。しかも、怒ったまま。
「……あいつ、変なの」
「昔からああなんだよ。小さい頃人前で笑われたのがトラウマになってるみたいでね」
「トラウマ?」
「うんうん、だからそんなに落ち込まない」
静間によしよしと頭を撫でられる。
俺はそんなに落ち込んでるのだろうか。自分では自分がどのような表情をしているのかわからなかったが、ミチザネと遊べないのはがっかりだ。……そうか、これが落ち込むということなのだろうか。
結局、その後静間と一緒に登校した。
静間の好きな曲や、あにそんというものがあるのを学んだ。
そして教室。
「ミチザネ、なあなあ」
「行かねえって言っただろ」
「俺まだ何も言ってない!」
「お前は顔がうるせえんだよ。ほら、さっさと自分の席に戻れよ」
「む……」
朝からずっとこの調子だ。
犬でも追い払うかのようにミチザネはしっしっと俺を手で追い払うのだ。本気で腹立ってたら無視するだろうからまだこうして応えてくれてる内は本気で不愉快に思ってるわけでなない、はずなのだけど。
「おー、昼間からイチャイチャしてんねー」と、通りすがりの隣のクラスのミチザネの友達らしき人たちが野次を飛ばしていく。あ、ミチザネの眉間にシワが増えた。
「チッ……お前が来ると悪目立ちすっから。ほら、さっさと戻れ」
「なんだよ、俺はミチザネとならいくらでもイチャイチャした……もぎゅっ」
「こんの馬鹿もう黙ってろ……ッ!!」
これは本気怒りだ。
俺はミチザネが爆発する前に大人しく席を戻ることにした。
◆ ◆ ◆
「おーおー、しょげてるしょげてる」
授業が終わり、皆が帰っていく中、俺はダイスケと一緒に帰ることにした。
本当はなんとかミチザネをカラオケまで誘導することできないかと思ったのだが、そんな俺の思惑を察知したのかもしれない。シズマを連れて逃げるように教室を出ていったのだ。
住宅街、人気のない道を通って自宅マンションへと向かう途中。
「ミチザネ、カラオケ嫌いだって……」
「あーまぁ、思春期は色々っすからねえ」
人がいないときはダイスケはいつも通りの口調で話す。
けど、意地の悪い笑みはいつもと変わらない。にっと口角を上げて笑うダイスケは「そうだ」と笑う。
「あんたとならカラオケくらいなら自分が付き合いますよ。自分は聞いとくんで」
「……嫌だ」
「嫌だってなんすか、人が誘ってるのに」
「俺はミチザネとでゅえっとしたかった」
そう言えば、ダイスケは鼻で笑った。
「そりゃ難易度が高いっすね、諦めた方がいいですよ」
「……」
「あっ、こら、それ俺のコーヒー牛乳っすから!勝手に飲むなこの……!」
途中ダイスケが買っていたコンビニ袋から奪ったコーヒー牛乳をヤケ飲みする。
お腹はいっぱいになっても何も満たされない。
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