永久欠損ヒロイズム


 03

 退屈な授業が終わり、待ちに待った昼飯の時間がやってくる。

「ミチザネ、飯飯ー!飯食おうぜー!」

 チャイムが鳴ると同時にミチザネの席へ向かえば、ミチザネはいつもに増して顔を顰めさせた。

「飯飯って……お前、兄貴はいいのかよ」
「へ?兄貴?」
「もう忘れたのか?あいつだよ、あのネチネチしたやつだよ。……部下の」

 後半声を潜めるミチザネ。ネチネチしたやつと言われ、ようやくミチザネがダイスケのことを言ってるのだと分かった。そういえばそんな設定だったか。

「いいだろ、別に」
「いいだろって……後々ネチネチ言われるの嫌だからな、俺」
「へぇー、ミチザネって結構小さいこと気にするタイプなんだなぁー意外ー」
「こ、この野郎……」
「道真君、落ち着いて落ち着いて」

 いつの間にかに静間も合流して、いつもの組み合わせになる。静間もいつも通りだし、静間とミチザネが喧嘩してる節もない。
 だとしたら、なんだったんだろうかあの時の嘘は。俺は、嘘発見システムに引っ掛かった静間のことが気になっていた。……不具合か?でも、朝ケイシに見てもらったばっかだし。

「おーい、葛ー」

 遠くからクラスメートの声が聞こえてくる。

「葛?おい、か・ず・ら!」
「あっ、俺か!」
「お前以外誰がいるんだよ」

 馴染みのない言葉だったから忘れていた。慌てて「どうした?」とクラスメートの元へ向かえば、クラスメートは廊下を指差した。

「お前の兄ちゃん来てるぞ」
「は?なんで!」
「いや、俺に聞かれても」

 まさか本当に来るとは思っていなかった。
 と、思ったが、よくよく思い返してみれば朝そのようなことを言っていたような。
 無視しようかと思ったが、「行ってきてやれよ」とミチザネに言われ、仕方なく俺は廊下へ出る。

「なんだよ、今から飯食う予定だったのに」
「飯飯って、どんだけ食い意地張ってんだよ。……別に時間掛からねえからちょっと来い」

 嫌だ、と言うより先にダイスケに捕まる。

「おいっ!離せよ!」
「暴れるな、馬鹿」

 首根っこを掴まれた時、耳を寄せたダイスケは「定時チェックの時間だ」と告げる。
 確かに、そんな話を聞いたような聞いていないような。

「さっさと飯食いたいなら大人しくしろ」

 有無を言わせないダイスケ。
 そんなことを言われてしまえばどうしようもなくなってしまう。
 というわけで、俺はダイスケに連れられて教室を離れた。教室を離れる時、窓ガラス越しにミチザネと目が合ったけど、手を振り返すよりも先にその目は逸らされてしまったが、まあいいや。




「数値も正常ですし動作不具合も見当たらないみたいですね。気になることと言えば、少々バッテリーの消耗が早いことでしょうか」

 聞こえてくるのはダイスケの声。
 ダイスケは取り付けたイヤホンマイクに向かって一人饒舌に話している。いや、正しくは通信機の向こうにいるケイシに向かってか。

「はあ、まあ、大丈夫ですよ。クソ生意気ですけどその方が周りに馴染めるみたいですし。それより、自分の方がキツイですよ。何が悲しくてつまんねー授業何度も受けなきゃならないのかと」

 ダイスケは俺の体に繋がったコードが刺さったタブレットを慣れた手付きで操作している。
 定時チェックの時は、毎回こうだ。動きたくても全身の機能がオフになってるせいで動けない。だけど、内蔵のコンピューターは起動し続けているので聞くことも見ることも記録することも可能だ。
 脳と体が切り離されたようなこの感覚はやっぱり落ち着かないが、それでも、暴れたくても暴れられないので仕方ない。
 俺は、この感覚が好きじゃなかった。動きたくても動けない。もしこのまま一生体が動けなくなってしまったらと思うと、なんだか不安になるのだ。
 前に、診てくれたケイシにそれを伝えるとケイシは『それが普通ですよ。人間ならね』と意味有りげに笑っていた。

「はい、分かってますよ。安心してください。俺もクラスの女の子に連絡先交換してってせがまれちゃったんで。ああ、勿論断りましたよ。エンジンもついてない子は無理って。そしたら速攻ハブられるんすもん、これだからガキはヤなんですよね」

 いつまで長話をしてるんだ、こいつは。と思いながらダイスケの動きを観察していると、ようやく話が終わったらしい。ダイスケは「それじゃあ、そっちにもデータ送りますね」と言って俺のコードを引き抜いた。

「おはよう、クロウ」

 伸びた指が項に触れた瞬間、全神経に感覚が戻る。起動状態になったようだ。俺はまず口を開き、「おはよう」とダイスケに返した。
 よし、声も出る。それに、さっきよりもなんだか体が軽くなってるような気がするのは結構な間動けなかったからそう感じるのか。

「調子は?」
「なんつーか、長話すんなよって感じ」
「はいはい、いつも通りね」

 言いながら、手際よく辺りを片付け始めるダイスケ。
 人気のない空き教室。遠くから聞こえてくる他の生徒たちの声を聞きながら、ふと俺はシズマのことを思い出す。

「そういや、なあ、ダイスケ」
「何」
「お前って好きな子とかいる?」
「いるように見えるか?」
「いなさそうだしモテなさそう」
「そりゃどうも。恋愛する暇あるなら研究室に篭もりたい性分なんでね」

 否定するわけでもなく、怒るわけでもなく。
 右から左へと受け流すダイスケに落胆する。シズマと同じ人間であるダイスケなら分かるかもしれないと思ったが、その考えは甘かったようだ。

「なんだ、お前人工知能のくせにもう好きな子見つけたのか?」
「そうじゃねーんだけどさ……」

 けれど、仮にもダイスケは科学者だ。もしかしたら何か分かるかもしれない。
 ただ悩むことに嫌気が差した俺は、素直にダイスケに相談することにする。

「なあ、仲いいやつらがいてさ、本人も『あいつのことが好き』って言ってんのに嘘吐いてるって反応が出るんだよ。これってどういうこと?」
「そりゃ、見掛けだけの仲良しさんってことじゃないのか」
「でも、一緒にいるところを見ると本当に楽しそうなんだぞ?おかしくないか?」
「何を悩んでるかと思えば……まあ、お前からしたら難しい問題かもな」
「なんだよそれ、そういう言い方なんかムカつくんだけど」

 むっとなって言い返せば、ダイスケはちらりとこちらを見て、すぐに手元のタブレットに視線を戻す。

「人間は矛盾する生き物なんだよ。はい、以上」

 あっという間に教室内を来る前と同じ状態に戻したダイスケは椅子から立ち上がる。
 俺からしてみれば、益々訳が分からないというやつで。

「なんで矛盾すんの?嫌いなら嫌いでいいだろ。好きなら好きでいいし」 
「どういう状況かにもよるけど、お前のセンサーが『あいつのことが好き』と言う言葉に反応してるとは限らないだろ」
「……どういうことだ?」
「例えば、その言葉とは裏腹に隠したい感情があるとか」
「やっぱり嫌いってことか?」
「だから、お前は極端過ぎるんだよなぁ。好きにも色々なニュアンスがあるだろ。『まあまあ好き』とか『好きだと思ってはいけないけど好き』と思う場合、『友達としては好きだけど人間としてはどうかと思う』とか本当出し始めたらキリがないからな、これは」
「なら、シズマはミチザネのこと好きだけど別の感情も持ってるってことか?それを隠したくて誤魔化したせいでセンサーに引っ掛かったって?」
「まあ、可能性としてはゼロじゃないだろうな。それに、この頃のガキは面倒だからなぁ」

 ダイスケは面倒臭そうに吐き捨てる。
「これで満足か?教えてちゃん」と底意地悪そうな顔で笑い掛けてるダイスケに、俺の中のモヤモヤは余計色濃くなるばかりだった。
 ダイスケの言いたいことは分かる。けれど、その感情が想像できなかった。

「おい、ありがとうございましたが聞こえねーんだけど」
「……ダイスケって人間にも興味あったんだな」
「まあ、俺も人間だからな。人間を模したロボット作るのに人間知っとかなきゃ始まんねーからね」

 どこか誇らしげなダイスケを無視し、俺はシズマとミチザネのことを思い出した。
 ということはだ、一先ずはシズマがダイスケを嫌いだと決まったわけじゃないってことか。そう思えば、ほっと安心する。

「ありがとな、ダイスケ」
「どういたしまして」

 ダイスケと別れ、俺は空き教室を飛び出した。
 あんまり力は出すなと言われていたが、ほんの少しだけ制御を緩めて廊下を駆け抜ける。
 飯を食いたいというのもあったが、一秒でも早く、ミチザネたちのところに行きたかったのだ。

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