02※
「失礼しまーす……」
風紀室前。
扉を数回ノックし、恐る恐る扉を開けば中にいた人間の目が一斉に俺をみた。その中には見慣れたやつもいる。
「夏日……っ!」
委員長席の側、後ろ手を組んで立っていた未散君は俺の姿を見るなり安心と恐怖が入り雑じった複雑な顔をしてみせた。
そしてその隣、委員長席という指定席にやつはいた。
「人の呼び出しを無視するとは随分なご身分だな」
低く、地を這うような声。その一声に風紀室内の張り詰めた空気はびりっと揺れた。
風紀委員長、帯刀凌央の機嫌は最悪だった。
「ごめんごめん、ちょっと立て込んでてさ」
「ここからはそう遠くない生徒会室で数十分か。さぞ大忙しだったんだろうな、俺からの電話に出る隙もないくらい」
そう皮肉を口にする凌央の顔は相変わらず無表情で、尚且つ目は薄暗く澱んでいる。
無数の棘を孕んだ凌央の言葉にもしかしてこいつ俺まで監視してんのかと呆れつつ、「そうそう」と適当に頷いた。
「なんかあっち仕事溜まってたみたいでさ、無理矢理手伝わされたんだよね」
言いながら、ゆっくりと委員長席に近付いたとき、いきなり凌央は立ち上がる。
ビクッと顔を上げた瞬間、目の前に伸びてきた手にネクタイを掴まれた。
すぐ鼻先に迫る、凌央の顔。
「……蜜臭い」
すん、と凌央の鼻先が首筋に近付く。
強い力で引っ張られ絞まる首に顔を歪めた俺はなるべく動揺を悟られないよう笑みを浮かべた。
「いい匂いでしょ」
「吐き気がする」
うちの委員長様は好き嫌いが激しすぎるんだ。
「お前はまだ自分の立場を理解していないらしいな」
軋む全身。鳩尾に膝蹴りを食らわせられ見事沈没した俺を床の上に転がした凌央は俺の手のひらを踏み、こちらを見下ろす。
靴底に体重がかけられ、ぎちりと手のひらの皮が骨が筋肉が圧迫された。めり込む靴底に汗が滲む。
「おい、なにを見ている」
背後で狼狽える委員たちを振り返る凌央は目を細めた。
出ていけ、という圧力。委員たちには委員長の睨みだけで充分だったらしい。
慌てて「しっ失礼します」と90°腰を折る委員たちは皆逃げるように風紀室を飛び出す。
「夏日っ、ごめんね、俺のせいで」
皆が凌央に謝る中、一人、神崎未散は俺に謝った。泣きそうに眉を寄せ顔をくしゃくしゃにする未散君にほかの委員たちは彼の身を案じたのか「ほら早くいくぞ」と未散君を引っ張っていく。
嫌々する未散君だが委員たちとの体格差もあってか間もなく退室した。そしてあっという間に凌央と二人きりの密室が出来上がる。
「神崎未散か」
静まり返った風紀室に凌央の冷めた声が響く。
「随分とお前になついているな」
「そりゃ、ずっと同じクラスですからね」
苦痛を堪えるように笑顔を作ればそれを見下ろす凌央はふん、と鼻を鳴らした。
そして、ぎりっと手のひらを踏みにじられる。
「っは、ぐぅ……ッ」
「金輪際、神崎未散を甘やかすような真似をするな。いいか、金輪際だ」
「……っ理由を、聞いてもよろしいでしょうか」
「断る」
即答。ぎちぎちぎちと音を立て潰れていく細胞に歯を食い縛った俺は身悶える。
凌央が履いているのがハイヒールじゃなくてよかった。
そう思わなければいけない程の痛みに目が覚めるような思いだった。
「依知川夏日、お前は有言実行も出来ないのか?自分が言い出したことぐらい最後まで貫き通せ。優先順位を間違えるな」
「それが出来ないと言うのなら今この場でお前を潰すまでだ」絶対零度の底冷えするような低い声で囁かれ、ぞくりと腰が震えた。
指先に力が入り、ぎゅっと床を掴んだ俺は凌央を上目に見る。
「返事はどうした」
「わかり……ました」
「なにがわかったんだ」
感情のない薄暗い眼。
その眼を向けられた俺の目の奥がじぐりと疼き始めるのがわかった。
「……俺は、凌央の奴隷です。もう二度と、逆らうような真似はしません。ごめんなさい」
手を踏まれ床に這いずったまま頭を垂れた俺はその言葉を口にする。
文章を読むような無機質な声だと自分でも思った。
「口だけの男は嫌いだ」
二度目はないと思え。そう冷めた目をした凌央は俺の手から足を上げる。
手の甲は靴底の形をなぞるように滲んだ血で真っ赤に腫れていた。
あのときと同じだ。深い記憶の底、蘇るいつの日かの記憶に俺は顔を歪めた。
例えば自分がとんでもない過ちを犯してしまったとき、どうすればその過ちを許してもらえるのだろうかと考える。
その度にいつも最後は過ち以上の償いをすることという結論に至った。
しかしそれはあくまでも自分に付きまとう罪悪感を風化させるためのものでしかなく、犯した過ちは一生そこにあり続けるわけで。
俺はなにかを忘れるために一生懸命奉仕をし続ける。まあ、結局全て自己満足なのだろう。
それでも、やつの楽しそうな顔を見たらそれだけで心臓を縛り付けるものが取れたような錯覚に陥った。一時的でも、それでも俺にとっては充分なものだった。
「は、ぁ……ッぐぅ……!」
脱がされ、剥かれた性器の根本に嵌められたコックリングの内側には尖った針が取り付けられ、勃起で膨張すればする程その根本をえぐるように突き刺さり目の覚めるような鋭い痛みが下腹部に走った。
「よくもまあ、萎えないものだな。これも一種の才能か」
俺の前に跪き、至近距離で性器を見据える凌央は感心するように呟く。
その目は輝いていて、亀頭が鼻につきそうなくらい顔を近付ける凌央が喋る度にとろとろと滴る先走りで濡れた先端に生暖かい息が吹き掛かり堪らずふるりと腰が震えた。
「りょ、う……っ」
あまりの痛みに更に血が集まり鋭く敏感になった性器はパンパンに腫れ上がり、視界が潤む。
早くこれを外してくれ。
掛けられた手錠のお陰で動きを制限され儘ならぬ俺がそう懇願したときだった。
凌央は指先で弄んでいた細く、長い銀色の棒を先走りでてらてらと濡れた尿道に宛がい、そのまま溢れるカウパーを助けにペニスプラグは一気に挿入される。
息が詰まるような衝撃に、目が見開き背筋がぴんと伸びた。
「黙れ、情けない声で人の名前を呼ぶな。虫酸が走る」
先程まで楽しそうだと思えば人が変わったように不快感に顔を歪めた凌央はプラグを乱暴に差し入れする。
「は、ぁッ、あ゙あ゙っ!」
体の髄を無理矢理引きずり出されるような恐怖にも似た激しい快感に気付けば腰が動き、開いた口から唾液が溢れる。
熱い肉に埋め込まれた冷たい金属が体の中で蕩けるようなそんな甘い疼きに更に性器は固くなり尖った棘がめり込んだが勃起を調整する余裕もなかった。
「っ、ぁひ、ぃッ、あは、ぁあッ!」
「酷い顔だな。お前の大好きな恋人に見せてやりたいよ」
「どうせ、ここまで気持ちよくしてもらってないんだろ」凌央は冷ややかに笑う。
弄られ、広がった尿道から先走りが溢れ、それでもプラグを完全に抜いてもらうことはなく、それどころか急に興ざめしたかのようにプラグを動かしていた手を止めた凌央は小さく息をついた。
そして、最後にプラグの尻を押し根本までプラグを尿道に仕舞う。
「っ、は、ぁ……ッ」
奥までやってきた感触にぞく、と体の震えを感じた。
あまりの強い刺激に麻痺し始めた思考の中、ゆっくりと凌央に視線をおろせばじっとこちらを見上げたやつと目が合う。
「抜いてほしいか」
冷ややかな声。正直このまま焦らし続けて尿道拡張されるのもゾクゾクしたが、寧ろここは素直にイカせてくれと懇願した方が凌央を喜ばせることが出来るんじゃないか。
そんなこと考えている内に短気な凌央に限界が来たようだ。
「……本当にお前はどうしようもないな」
恨めしげな上目遣い。
そのまま反り返った性器のカリをぴんと指で弾かれ、やってきた痛みに「ぁあっ」と声を上げれば凌央は立ち上がる。
「今日は一日そのままでいろ。プラグを着けたままだ」
どちらにせよ手錠が外れない限り身動きできないという事実を忘れ俺はそんな無茶なと息を飲んだ。
あまりの強い刺激に堪えられなかったのか鬱血始めピクピクと震える性器を一瞥した凌央はそのまま踵を返す。
まさか放置か。
陵央がめちゃくちゃな性格をしているということは知っていた。
知っていたけど、まさかここまでとは。
「っ、冗談、だろ……」
閉まった風紀室の扉。陵央が立ち去り、たった一人取り残された俺は気が遠くなる思いだった。
体内、性器の先端に埋め込まれた違和感に全身から脂汗が滲み、それ以上に動悸が激しくなる。
こんな時でも興奮している自分がおかしくて、思わず嘲笑した。
まじで、どうしよう。恐らく鍵はかかっていないだろうし、もしうっかり他の委員が戻ってきた時のことを考えたら気が気ではなかった。
と、その時だ。小さく扉が開き、そこから見覚えのある顔が覗いた。
「な、なつひ……?」
不安そうな、か細い声。未散君だ。
「み、ちるく……」
「あっ!いた……って、うわぁ!」
うわぁって言われた。
俺の返事に安堵したようにへにゃりと破顔したかと思えば俺の変態趣味丸出しの格好に気づいたようだ。青くなったり赤くなったりしながら、未散君はこちらに駆け寄ってくる。
「夏日、夏日が大変なことに!どうしたの!」
「ちょ、未散君声大きいって……」
「あ、ごめ……」
声の振動が体内のプラグに伝わり、下腹部に来るそれに眉を寄せる。
うーん、やばいなぁ。この展開。収まらない勃起に自分を見た。
「もしかしてさぁ、未散君……俺のこと助けに来てくれたの?」
「あっ、当たり前だろ!だって、夏日は悪くないのに、委員長に怒られるなんて」
「ありがとう、未散君」
そう、力を振り絞るように笑いかければ僅かに顔を赤らめた未散君は「いや、別にお礼なんて……」と口籠る。そして、おずおずと俺の背後の腕に触れる。
手首を縛っていた拘束具を外され、手に感覚が戻り始めた。
「取り敢えず、これで大丈夫そうだな」
「助かったよ、ほんと」
「なら、」
よかった。そう、微笑む未散る君の腕をつかむ。
そのまま顔を近づければ、きょとんとこちらを見上げる未散君と目があった。俺は、頬を緩める。
「なら、こっちの方も助けてくれないかな」
一回り細いその手首を引っ張り、自分の下腹部に持っていった俺は笑う。
自分の嫌いなところ。全部。
「は……?何いって……」
かすれた声。目を見開いた未散君は、信じられないとでも言うかのような目で俺を見た。
大きな瞳に浮かんだ怯えの色に、彼にこんな顔をさせてしまったことへの自己嫌悪を覚える。
それと同時に、滲む焦燥感に鼓動が弾んだ。
「何って、何?」
「だって、」
「未散君は、俺のことを助けてくれるんじゃないの?」
尋ねる。純粋な疑問をぶつけるように。
握り締めた未散君の手が緊張する。
必死に逃げようとする手のひらを自分のそれごと包み込むように握り締めれば、
柔らかそうな茶髪から覗く小さな耳たぶが熱を帯びるように赤くなった。ゾクリと、背筋に何かが走る。
「夏日、やだ、なに、委員長にいじめられて頭おかしくなったの?変だよ、夏日」
じんわりと涙を滲ませる未散君はいやいやと首を横に振る。
おかしい。そう言われたのは残念ながら初めてではない。
怯えた顔、侮蔑するような目、高揚する身体。どれも、あの時と同じだ。
違うのは、目の前で俺を見上げるのはあいつではなく、未散君だということ。
「未散君」
「なつひ、」
「落ち着いて、未散君。これ、抜いてくれるだけでいいんだ。本当はこんなこと頼みたくないんだけど、ごめん、まだ手の感覚が取り戻せてなくて」
無意識に早口になってしまうのは、限界が近づいていると自覚しているからだろう。
嘘だ。全部嘘だ。
手の感覚はとっくに戻っている。現に、握り締めた未散君の指の感触も熱も全て鮮明に感じることができている。
本当は、ただ、優しさを感じたかった。
触れてみたかった。そこに付け込み、相手の好意を汚したいというただの欲。
不純だとは、重々承知している。
それでも、
「……ね、未散君」
「っ、わ」
「未散君?」
「……わかった」
「そのままだと、夏日が辛いんだろ」そう、震える声を抑えて必死に目をそらす未散君はヤケになっているようだった。
睨むようにこちらに視線を向ける未散君に、口元が緩むのがわかった。
だから、やめられないんだ。被害者になるのは。
←back