馬鹿ばっか


 09

【side:岡部】

 岩片君の様子がおかしい。
 いきなり部屋にやってきたと思ったら「今夜泊めてほしい」なんて言い出すし、彼が僕の部屋を急に訪れては遊んで帰るのは何度かあったが今日は様子が違った。

「あ、あの……岩片君?だ、大丈夫……ですか?」
「……何が?」
「え、いや……な、なんでもないです……」

 ベッドの上、寝転がってゲームしてる岩片君は何も言わずにすっと背中を向けてくる。
 その周囲の空気はわかりやすいくらい淀んでいた。
 ……尾張君と、何かあったのかな。
 最後にやってきた尾張君は岩片君のことを気にしてるようだった、仲直りしてほしいとは思っていたが恐らく、何か揉めたに違いない。
 いつも二人が一緒にいることが多かったし、見慣れていたせいもあってかこうやって一人で落ち込んでる岩片君を見てるとどうすればいいのかわからなくなる。
 尾張君に連絡しようかとも思ったが、僕が勝手な真似をするのも野暮な気がして、取り敢えず好きにさせてるのだけど……。

「あ、あの……お腹減ってないですか?お菓子とか、ありますけど……」
「ん……空いた」
「そうですか。お菓子もありますけど、どうします?少し早いですけど、食堂で食事取りますか」
「動きたくねえ」

 そうごろんと寝返りを打つ岩片君。僕に背中を向けたまま僕の抱き枕嫁コレクション抱き締める岩片君だが、お腹がギュルルルと鳴ってる。

「……お菓子なら、少しだけありますけど」
「……」

 あ、お菓子に釣られて起き上がった。

「少し休憩にしますか」

 食欲があるだけいいのかもしれない。
 ホッとしながら声をかければ、岩片君はこくりと頷いた。
 反応はあるがやっぱり元気がない。油断したらふにゃっと倒れそうなそんな無気力な岩片君にハラハラしつつ、僕は共用の冷蔵庫から馬喰君の被害を受けていない無事なおやつを用意した。

 ソファーに腰を下ろし、一口サイズのカップケーキを食べる。
 腹の足しにならないようなものしかないが、それでもましだ。

「……あの、岩片君」
「どうした?直人」
「何かあったんですか?」

 思い切って聞いてみた。
 誰と、とは敢えて口にしなかったが、岩片君の視線は手元のカップケーキを向いたまま、一口齧る。

「ちょっと腹壊した」
「……お腹を?大丈夫ですか?」
「ああ、大分休ませてもらったからな」
「そうですか。……なにか、温かいお茶とか……用意しましょうか。すみません、僕気付かずに冷たいものばっか出してしまって……」
「悪いな、でも気にしなくていい。平気だから」

 ……多分、嘘なんだろうな。なんとなく直感でわかった。それに、お腹痛いと言う割にこの部屋に来て一度もトイレにいってない。
 岩片君はいつも僕の目を見て話してくるけど、いまの岩片君はずっとこちらを見ようとしない。
 避けてるわけではないが、あまり踏み込んでもらいたくないのかもしれない。それがわかったから敢えてそれ以上追求しなかった。

「……尾張君とは会いましたか?」

 僕は、皿の上に盛ったカップケーキを一つ手に取る。飾り気のない、市販の安物だがこれくらいの甘さが丁度いい。
 尾張君の名前を出しても、岩片君は別段反応するわけもなく「ああ、会った」と首を縦に振った。……これは本当だろう。勘だけど。

「……数時間前、尾張君が君のこと探してました。会えたなら良かったです」
「ああ、そうだな」
「…………」
「…………」

 なんとなく、余計なことを言った気がしてならないがここまで来たら仕方ない。小さく息を吐き、僕は落ち着く努力をする。

「……岩片君、尾張君と何かあったんですか?」

 他人の事情に首を突っ込むのはやめよう。元気になるまで傍観決め込んでおこう、そう思ったけど……やっぱり無理だ。今の岩片君は、見てられない。
 岩片君は手にしていたカップケーキをまた一口齧る。

「なんでそう思う?」
「君に会いに行った尾張君が岩片君と一緒にいなくて、それに、岩片君も元気がないので」
「……そんなに俺分かりやすい?」
「そうですね、今日は特に……落ち込んでるように見えます」

 俺の言葉に何も言わずに、「ん、美味いな」と岩片君は笑う。
 残りを口に放り込んだ岩片君だったがそれを咀嚼したあと、もう一個カップケーキを手に取る。

「言っとくけどお前が思ってるほど落ち込んでねえよ。ただ……」
「ただ?」
「……あいつの話は今はしたくない」

 そう言って、岩片君は手元のグラスに口を付ける。
 怒ってるわけではないのだろうが、その言葉に頑ななものを感じて僕は「わかりました」と答えるしかなかった。

「……自分の部屋だと思ってくつろいでください。その代わり、僕の練習相手になってください。」

「新しいゲーム買ったんですがマルチの海外勢が強くて勝てなくて」そう続ければ、こちらを向いた岩片君はニッと笑う。今日、ここにきて初めて笑顔を見たかもしれない。

「今夜は寝かせてくれるなよ」
「そんな事言っていいんですか?本気にしますよ、僕は」
「上等」

 なんて言いながら、普段に近い岩片君に戻ってくれてホッとする。だけどやっぱり尾張君と一緒のときに比べるとどこか覇気がない。
 気付いたが、僕にはどうすることもできない。彼の代わりになることなんて以てのほかだ。
 ……せめて、気を紛らわせることだけだ。念の為、尾張君に岩片君は僕の部屋に遊びに来て泊まるから心配しないでいいという旨のメッセージを送っておく。
 尾張君からは返信はなかった。

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