馬鹿ばっか


 46※

何も考えられなかった。
脳味噌が受け入れることを拒否していた。


「っ、……尾張さんの中は熱いですね……熱くて、甘くて……キツくて……っ、食われてしまいそうだ……」


吐息混じり、低く唸るように息を吐き出す能義の声が、腹の中でも響く。

認めたくなかった。
誰か嘘だと言ってくれ、悪い夢だと……――。


「ッ、ぁ……ぐ……」


食い縛った歯の奥から声が漏れる。
夢じゃない、ケツに刺さるような痛みも、火傷しそうなほどの熱も、強引に内側からえぐられるような感覚も、どれも生々しいほどの現実だ。


「っ、おや、泣くほど……これを待ち望んでいたんですか?」


抜け、触るな、動くな。
そう言いたいのに、喉まで出しかけた言葉は腰を隙間なく密着させてくる能義によって遮られる。


「っ、く、ぅ……ッ、ぅ……ッ!」

「……っ、最高ですよ、尾張さん……っ貴方が呼吸する度に貴方の中が吸い付いてくる……っ、私達、相性抜群ではありませんかっ?」

「っ、ぅ、く……っそ……ッ!」


そんなわけあるか。
そう言い返したいのに、言葉にならない。
腰を更に密着させ、ピストンするわけでもなく深く繋がった状態で腰を動かされ、最奥を執拗に擦られれば頭の中は真っ白になる。
粘着質な水音が腹の奥でぐちゃぐちゃと混ざり合い、その熱を、鮮明な異物の感触を、意識せざるを得なかった。


「っ、ぅ、抜……っ、け……ッ!」

「……ッ、そんなに奥をグリグリされるのが好きなんですか?……腰が揺れて、中まで痙攣してますよ……っ、ふふ、昨日まで処女だった方とは思えない好き者っぷりですね……?」

「っ、ぁ、ち……ッ、が、ぁ……や、うご……く、な……ッ!」


情けない声を出したくないのに、隙間なく挿入されたそれで奥を舐られれば出したくもない声が溢れ出す。
気持ち悪い他人の体温を嫌でも感じるこの体勢が嫌で、腰を引こうとするが能義は俺を抱き締めるように深く腰を押し付けてくるのだ。


「っ、はぁ……っ、イイ、イイですよ、尾張さん……っ」


逃げ場のないソファーの上、緩く腰を動かし始める能義に追い詰められる。
全身に汗がじっとりと滲み、内壁を摩擦される度にまるで自分の体ではないみたいに腰が震える。無意識に全身に力が入り、その都度能義は気持ち良さそうに顔を歪めた。


「っ、ぅ……ッふ、く……ッ」

「ふふ……貴方も、気持ちいいんですか?……腰が動いてますよ」

「っ、んな、わけ……っ」


「……なら、私の気のせいですかね?」


これは、と囁く能義にぐっと腰を抱き寄せられ、深く挿入された瞬間下腹部に痺れるような感覚が走り、自分の意志とは関係なく下半身が震えた。
違う、そんなわけない。そう言いたいのに、言葉が続かない。
少しでも油断したら間抜けな声が出てしまいそうで、堪らず唇を噛み締める。


「ッ、う、く」

「そうですか、これも気のせいだというなら……もっと良くしてあげなければ貴方に悪いですね」


その言葉が理解できなかった。ただ、やつの笑顔から嫌な予感はひしひしと伝わってきて。
なけなしの力で能義を押し返そうとしたときだ。
肩を掴まれ、抱き抱えられる。腰が浮いたかと思いきや、抱き起こされたその体重で再度隙間無く体が密着し、全身に電気が走るような感覚に襲われる。


「っ、ぁ……ッ?!」


能義の膝の上、向かい合うように抱き締められ、全身の血液が一気に熱くなる。
咄嗟に降りようとするが腰を押さえつけられ、己の体重のせいで更に奥を突き上げられた。瞬間、瞼の裏がチカチカと点滅し、毛穴という毛穴からぶわっと汗が吹き出す。


「っ、ふ、……ッく……ぅ……ッ!」


動こうとすればするほど中が擦れ、四肢から力が抜け落ちそうになる。背筋をいやらしく撫でられ、過敏になった体にはその刺激だけでも耐えられるものではなかった。


「……っ尾張さん、もっと声を聞かせてください。貴方の顔を、私に見せてください……岩片さんにも同じように可愛い反応を見せたんですか……っ?」

「っな、く……ッ、ふ……ッ、ぅ……んんぅ……っ!」

「……真っ赤ですね。ふふ、尾張さんは下から突き上げられる方が好きですか?」

「っ、ち、が……っ、ぅ……ッ」


ただ気持ち悪いだけだ、不快で堪らないし、苦しいし、おまけに、熱い。
臀部を撫で回され、人の反応を楽しむように腰を動かされる度に腹の中がぐちゃぐちゃになって、わけがわからなくなっていく。舌が回らない。
顔を撫でられ、汗で張り付く前髪を掻き上げられる。
瞬間、こちらを見下ろす能義と目があって、瞬間、胸の奥が一層騒がしくなった。


「っ、ぁ、やめ、……っみ、るな……ッ!」


言い終わるよりも先に突き上げられ、声が乱れる。額に、頬に、目尻にと唇を寄せ、能義は嗜虐的な笑みを浮かれるのだ。
瞬間。


「っ、ぅ、く……ッは、ぁ、い、やだ……やめッ!っ、ぁ、や、ッ……の、ぎ……ッ!」


口を閉じる暇もなかった。浮いた歯の奥から耳を塞ぎたくなるような自分の声が溢れ、血の気が引く。それでも構わず、下から突き上げてくる能義に俺は、ずり落ちそうになりながらもやつの制服を掴む。


「っ、は……尾張さん、またイキそうですか?……いいですよ、最後まで付き合うと約束しましたもんね。……好きなだけイッて結構ですよ……ッ」


寝言は寝て言ってくれ。そう睨み返したいのに、焦点が定まらない。無意識に能義にしがみつく指先に力が入る。
指だけではない、射精の気配を感じた体が、呼吸が、乱れる。繋がった結合部から流れてくる能義の鼓動がやけに煩くて、嫌だ。嫌なのに、それを意識せざる得ないのだ。


「っ、ふ、ぅ……ぅ、く……ッ!」


ぐちゃぐちゃに絡み合った腹の中。
沈んだ腰を浮かすこともできないまま、どろりとした熱が性器から溢れ出す。射精感はない。持続的な刺激に嬲られ続けて火照った体では毒抜きにもならない。
射精したにも関わらず、勃起は収まらず、呼吸も乱れたままだ。全身を巡る熱は冷める気配すらなかった。
肩で呼吸を繰り返す。力が抜けそうになり、不覚にも能義に凭れかかるような形になったが能義はそれを押しのけることはなかった。それどころか。


「本当に、貴方という方は……私を煽るのが上手ですね」


項から後頭部を掌でなで上げられ、髪に唇を押し当てられる。ぞわぞわとした感覚が背筋に走り、慌てて起き上がろうとした瞬間だった。徐に尻を揉まれ、繋がったままの下腹部が震える。


「っ、や……っ!」


めろ、と続けるよりも先に、既に異物を飲み込んだそこを人差し指で更に広げられ、息を飲む。
もう片方の手で俺の腰を浮かせた能義は「彩乃」と、傍観していた五十嵐を呼ぶ。
……待って、なんだ、すごい嫌な予感がする。


「……随分とお待たせしてすみませんねえ……、ちゃんと、貴方も入れるように解しておきましたよ」


「さあ、どうぞ」と、人のケツを押し広げる能義に血の気が引く。
理解できなかった。できることなら、したくもなかった。


「……その割には随分と楽しんでいたようだが?」

「……ええ、そうですね、本当は今すぐにでも出したいところなんですが……貴方が文句ありそうだったので」

「……配慮した結果これか、本当お前はどうかしてるぞ」

「おや、その割には乗り気ではありませんか。……好きでしょう、こういうの」


人を挟んで交わされる会話は到底聞き流せるようなものではない。

何言ってんだ、何を、考えてるんだ。
嫌な想像が視界を過る。咄嗟に能義の上から逃げようとするが、本当にこいつどこに力入れてんだってレベルでビクともしない。



「は、なせ……ッ」

「……ダメですよ、尾張さん。痛いのは嫌でしょう」

「……ッ!い、がらし……っ」

「………………」


お前人のこと助ける素振りを見せておいて結局それか?下半身直結野郎なのか?と目で訴えかければ、五十嵐は「悪いな」とベルトを緩める。


「……思いの外、ここに来た」


張り詰めた下腹部、どっからどう見ても勃起してるやつはやや不服そうに口にする。それを見て、更に血の気が引く。

こいつ、こいつら……本当に……!
お前らに理性とかそういうものはないのかとキレそうになるが、それもつかの間。無骨な五十嵐の手に腰を掴まれた途端、先程までの恐怖が色濃く浮かび上がる。


「……舌、噛むなよ」

「待て、ちょっ……待って、おい……冗談……っ」


背後から覆いかぶさってくる五十嵐に、汗が滲む。
この体勢は、というか、まだ能義が挿入してるんだが。
笑いない状況に『冗談だろ』と声を上げた瞬間だった。
既に能義のを飲み込んだそこに、別の肉質なそれを感じ、息が止まりそうになる。


「五十嵐、やめ、待っ……やめろ、やめろってば……っ」

「大丈夫ですよ、尾張さん。痛くて苦しいのは……最初だけなんで」

「――なッ……」


何を馬鹿なことを、と正面で愉しそうに笑う能義を睨もうとしたときだった。


「――〜〜ッ!!」


熱に、衝撃に、思考が飛ぶ。
眼球の奥が揺れるような、脳味噌に電気を流されたような、そんな衝撃に何も考えることができなかった。
痛み以上の、無理やり体を作り変えられるような衝撃と貫かれる圧迫感。


「……っ、キッツ……」


項に吹き掛かる息に、吐き出されるようなそのうめき声。
何も考えることができなかった。
二人がかりで抉じ開けられる下半身。その衝撃に耐えられるほど、俺の体は慣れていなければメンタルだって、正常でいられるわけがなかった。

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