馬鹿ばっか


 30

五十嵐には、政岡との会話のこと、それを盗聴されていたことを説明する。
終始静かに聞いていた五十嵐は、俺が話し終え、「迂闊過ぎだ」と溜息混じり吐き捨てた。
……正直、返す言葉もない。何故そんな会話の流れになったのかとも詰られたが、そこは誤魔化した。けど、五十嵐はもしかしたら気づいてるのかもしれない。咎めるような視線のキツさにそんな気がした。


「と……取り敢えず、五条をとっ捕まえたいんだ。……協力してくれないか?」

「断る……といいたいところだが、このままでは本末転倒もいいところだ。協力せざるを得ないだろう」

「……悪い、助かる」


眉根に刻まれた皺。五十嵐の不満がありありと見て取れたが、一応、俺たちの利害は一致しているのだ。
ほっとする俺に、五十嵐はこちらを睨んだ。


「けど、気になることがある」

「……気になること?」

「何故岩片凪沙に言わない?この手のことならあいつの方が得意だろう」

「そ、れは……」


五十嵐の疑問もごもっともなものだった。
あいつは人をとって食ったり陥れたりそんな汚い手を使うことに長けている。逃げる者いれば先回りして落とし穴を用意し、逆らうものいれば追い詰めて誘導し、自分の手のひらの上で転がす。……こうして言えば魔王かなにかのようだが、実際そうなのだから言いようがない。

けれど、それでもやはり岩片には相談できなかった。
元はと言えばあの日、政岡に神楽から助けてもらったあの夜。あの政岡との一件からだ、岩片の様子がおかしくなったのは。
押し黙る俺に、五十嵐も察したのだろうか。


「まだ仲直りしてないのか」

「仲直りっていうか、その、別に喧嘩してるわけじゃないんだけど……今回のは俺の不始末だから、あいつに余計な心配させたくないんだ」


適当にソレらしい言葉で誤魔化して見るも、五十嵐の目は変わらない。「へえ」と舐めるように顔を見詰められ、まともに視線を返すことができなかった。
こいつもこいつだ。不躾な視線を隠そうともしない。前々から扱いにくいやつだとは思っていたが、以前の一件から俺はちょっとこいつの目が苦手だった。顔には出ないくせに、視線には色々滲み出るのだ。


「……なんだよ」

「いや別に。……あいつもご苦労だなと思ってな」


そう、皮肉げに吐き捨てる五十嵐になんとなく面白くなかった。俺の知らないところで岩片と何を話しているのか気になったが、ここで食って掛かったところで五十嵐が楽しむだけだ。こいつが涼しい顔して中身はドムッツリサディストということは知ってる。
けれど、なんだ。なんだよ。……気になる。けど、聞きたくない。そんな子供じみた感情が渦巻く。……モヤモヤする。


「……まあいい、一先ず他の生徒会の連中には手を回しておく。五条は見つけ次第こちらから連絡させてもらおう」

「悪いな」


五十嵐と連絡先を交換する。
なんか、不思議だ。本来なら二度と見たくない顔だが、背に腹は変えられない。新しく登録された五十嵐の名前を確認する。


「能義はこの時間帯ガーデンテラスにいるはずだ。……ガーデンテラスの場所は知ってるか?」

「食堂のところか?」

「ああ、食堂に向かう途中の通路にガーデンテラスに繋がる扉があるはずだ」


わかんなかったら近くのやつに聞け、と五十嵐。
それに頷き返し、早速俺は生徒会室から出ようとして、「おい」と首根っこを掴まれた。突然引き止められ、きゅっと首が締まり思わず変な声出てしまう。


「おいっ、あぶねーだろ!」

「お前、本当に政岡とはなんもないんだろうな」


再確認するかのようなその言葉に、ギクリとする。
真っ直ぐにこちらの様子を観察する五十嵐、その視線に全身を舐られてるみたいで、厭な汗が滲んだ。
「当たり前だろ」と咄嗟に返すが、声が変に上擦ってしまったような気がして余計不安になる。けれど、五十嵐の表情は変わらない。


「とにかく、離せって……いまはそれどころじゃないだろ」

「…………そうだな」


予想外のことに、五十嵐はあっさり俺のことを開放してくれた。それが余計不気味だったが、俺はココぞとばかりに今度こそ生徒会室から飛び出した。
心臓が、バクバクとうるさい。
なんなんだ、あの目は。なんだよ、俺、そんなに分かりやすいのかよ。何もかも見透かすような目は、苦手だった。

……とにかく、ガーデンテラスに急ごう。
遠くから聴こえてくるチャイムを聞きながら、俺は一階へと降りる。

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