馬鹿ばっか


 7※

「ッ、や、め……ッ、んんぅッ!」


近付いてきたクリップに、逃げるように仰け反った次の瞬間、バチリと頭の中で電気が弾ける。
クリップは細い金属だというのに、まるで鉄の塊に勢い良く突起部分を押し潰されるような、そんな衝撃に堪らず舌を噛みそうになった。
針が貫通するような尖った痛みに、咄嗟に腕を動かすがしっかりと縛られたそこはびくともしない。


「っ、外っ、外せ……ッ!」

「離さないのはお前の方じゃないのか?……ここまで勃起させなければ苦痛も和らぐはずだぞ」

「知らねえよ……っ、そんな……ッ!!」


頭の中が、胸の先端が、焼けるように痛む。
正直、手が使えれば今すぐこのクリップを引き剥がしているだろう。
五十嵐の先程の言葉は、嘘でも誇大表現でもなかったということがわかった。わかったが、知りたくなかった。


「く、ぅ……っ!!」


少しでも動いただけで、クリップが締まるような錯覚を覚え、下手に動くことも出来なかった。
両胸の突起を挟めるクリップの先、繋がったチェーンに指を絡めた五十嵐は、小さく口の端を吊り上げ、笑う。


「……みっともない面だな」

「っ、ぐ、ぁ……ッ!」


くい、と軽く引っ張られただけで乳首ごと持ってかれるんじゃないかってレベルの激痛と熱に襲われ、舌を噛みそうになる。
脂汗が止まらなかった。


「痛いか?……そうだろうな、痛くしているからな。……辛いだろう」

「クソ、野郎……ッ」


こういう時ばかり笑う五十嵐がただ気に入らなくて、俺は、五十嵐の顔面に唾を吐き掛けた。


「…………」


見事五十嵐の頬に直撃し、一瞬にして五十嵐の笑みが消え去った。
その代わり、その額に青筋が浮かんだかと思えば。


「ぁ、あ゛ッ!」


チェーンが伸び切る程、重いっきり両方のクリップを引っ張られ、挟まれた突起に焼けるような痛みが走った。
自分のものとは思えないような悲鳴とともに、急激に口の中が乾いていく。
痛みのあまり、ジンジンと痺れ始めた両胸は痛みが薄らぐどころか、刺すような異物感が強くなっていった。


「……泣いて考えを改めれば許してやるつもりだったが、気が変わった」


「お前の態度は前々から気に入らなかった。この機会にその人を舐めたような性根を叩き直してやる」残念ながらそれはこっちの台詞だ。
元から五十嵐がやけに絡んでくるのは知っていたので気に入らなかったと言われてもなんの感慨も沸かないが、だからといってこんな仕打ちを受けなければならなくなるのならば話は別だ。
拳をつくり、両胸の痛みを堪えるように握り締める。
俺は、五十嵐を睨みつける。


「っ、やれるもんなら、やってみろよ……ッ!その代わり、後で覚えてろ……ッ!」

「ハッ……随分とよく吠える口だな」

「ぅッ、あァ……っ!」


そろそろ痛みに慣れるだろうかと思ったが、全然だ。
片胸のクリップだけをくいっと引っ張られれば、チェーン越しに振動が伝わってきて、強弱それぞれの刺激に慣れなくて、一抹のもどかしさに襲われる。
いっそのこと、さっきみたいに乱暴に引っ張ってくれた方がまだいいのに、軽く引っ張られただけでも反応してしまう自分の身体が嫌になった。


「や、めろ……ッ」

「……随分と、声が甘くなってきたな。痛みで何も考えられなくなったか」

「っ、誰が……ぅ、んんッ!」


今度は両胸のクリップを強めに引っ張られる。
それでも、さっきまでに比べれば全然生易しい。
指で弄られるときとは違う、無機物特有の冷たさと容赦のない刺激。
それでいて、痛みと快感と絶妙なところを突く五十嵐の嫌らしさには嫌悪しか覚えない。


「っ、は、ぅ……ぐ……ッ」

「……強気の割には腰が揺れているように見えるが気のせいか?」

「クソ、野郎……ッ」


赤く流血し始める乳首の先、繋がれた金属チェーンが家畜か何かのようで余計恥ずかしくて、それに気付いた五十嵐は口元を緩め、そのチェーンを絡め取る。
短くなるチェーンに、両胸のクリップが引っ張られ、声にならない声が喉の奥から溢れそうになったのを唇を噛んで堪えた。

その時だった。
風紀室。
その奥から、微かにだが足音が近付いてきたのだ。


「っ、いが、らし……ッ」


足音に五十嵐も気付いてるはずだ。
なのに、こいつはやめない。
それどころか。


「っ、ぅ……んんぁッ!」


ぐっと、強い力でチェーンを引っ張られた瞬間だった。
焼けるように熱くなる胸元に、堪らず背筋を伸ばした矢先だった。
俺の嫌な予感は見事に的中した。
無慈悲にも風紀室の扉が開き、そこから現れたのは……。


「……随分と楽しそうじゃねーか、彩乃」


瓶底眼鏡にボサボサ頭。
嫌ってほど見慣れたそいつの姿だったが、少なからず今だけは、見たくなかった。
凍り付く俺を他所に、五十嵐は息を吐いた。
そして。


「お前のそのレンズ、分厚すぎて何も見えないみたいだな」

「だってそうだろ、俺、お前が笑ってるところなんて初めて見たぞ」

「……岩、片……っ」


助けてくれ、なんて死んでもいいたくない。寧ろ、こんな情けない姿見られただけでも死にたいのに、それでも、俺は、無意識の内に岩片に縋っていることに気付いてしまった。
分厚いレンズ越し、確かにやつの目がこちらを向いているのを感じた。


「……続けろよ、彩乃」


そして、その口から出てきた言葉に、笑みに、俺は今度こそ、冷水をぶっ掛けられみたいに自分の身体が震えるのが分かった。

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