犯罪者予備軍共


 02

「出ちゃーん、暇だねえ。なにして遊ぼっか。どっちの腸が長いか競争してみる?」

 組員寮自室にて。救護室を追い出され、連れて帰ってきた出と戯れようとするが出は嫌々と首を横に振る。

「え?怖い?お前俺の分身のくせにヘタレてんなあ、そんなんじゃまたあの糞白衣野郎にいじめられんぞ」
「そうそう、治癒長殿にどじっ子萌えは通用しないっすからねえ」

 そう言いながら出の頬っぺたをぐにぐに摘まんでいたときだった。不意に、背後から軽薄そうな明るい声が聞こえてくる。

「……そしてお前はいつもいつも勝手に入ってくるな」

 ナチュラルに会話に入ってくるその声のする方を振り返れば、そこには当たり前のような顔をして立ってる記憶操作班員がいた。
 目が合えば、記憶操作班員は「まあまあ、緊急だったので急いでたんすよ」と笑いながら束になった資料を机の上に置く。その動作から逃げるように出は俺の影に隠れる。

「緊急?仕事か?」記憶操作班員の言葉が気になって聞き返せば、記憶操作班員は「はいっす」と大きく頷いた。

「これが今回のターゲットの資料で、こっちが今回班長殿の仕事内容ってことで」

 言いながら机の上の資料の束を二つに分ける記憶操作班員。
 その内のターゲットの資料を手に取った俺はそこに記入された欄に目を走らせる。

 天満嵐、二十二歳。
 大人しく、誰にでも愛想がよく何事も消極的だが気に入った相手にはとことん執着する。被害妄想過多気味で、嫉妬深い。目的のためなら手段を選ばない。
 欲しいものはなんとしても手にいれないと気が済まない。

 今回のターゲットの名前には見覚えがあった。そこまで読んで、俺は目を丸くさせる。

「……天満嵐?こいつ俺の専門じゃなかったはずだろ」
「だったんですが、ちょーっとまあ色々あって人手が足りないっつーか」

 面倒臭そうにぼりぼりと首を掻きながらなんともアバウトな説明をしてくれる記憶操作班員に「はしょんな」と眉を潜めれば、慌てて背筋を伸ばした記憶操作班員は「ごほん」とわざとらしく空咳をする。

「つまりですね、メーターが止まらないってことっす。先程天満クンの担当をしていた班長殿の同僚殿が仕事を終え戻ってきたのですが、発散したばかりだと言うのに凄まじい勢いでメーターは上がり第二第三の被害者が続々と出てるってことっすね」

 そうだ、天満嵐は同僚の担当だったはずだ。
 飲みに行く度いつも「今日また天満に頭パーンされたよもう。頭修復すんの金掛かるしさあ、やだよもうあいつ俺。給料の半分くらい修復代で飛んじゃうしさあ、ホントなんで俺こんなことやってるんだろう。死にたい」と鬱々愚痴る同僚を思い出す。
 その同僚が今また修復中なのはわかったが、被害者が続々出てるという記憶操作班員の言葉が気にかかった。

「他のやつは?」
「皆さんお仕事で留守にしてます」
「俺一人でそいつ相手をしろと」
「まあそういうことなんすが、今回はちょっと特殊でして」

 妙に歯切れが悪いというか、含んだような物言いをする記憶操作班員に俺は思わず「特殊?」と聞き返す。
 それに対し、記憶操作班員は「あい」と頷いて見せた。

「班長殿に一体分身を作っていただき、天満クンに差し出していただくことになるんすよ」
「なんだって?」
「まあ今回の件に関してはその資料に詳しく載ってるはずなんで自分の目で調べといてくださいねえ」

 またお前はしょりやがって。
 そう記憶操作班員に目を向けたとき、そこに記憶操作班員の影はなく。

 どうやらやつもやつで忙しいようだ。
 俺への報告くらい最初から他のやつに任せればいいものを。
 なんて思いながら俺は机の上の資料を手に取り、今回の仕事内容を確認することにした。

 天満嵐への対処法について。
 加害者の犯罪行為の原因はどうやら加害者の恋人・嬬恋冬樹の第三者への関わりのようだ。
 被害者になる人間はいずれも嬬恋冬樹がなんらかの形で関わった者ばかりだという。
 だから、嬬恋冬樹を第三者と関わらせないようにするために俺が呼び出されたようだ。
 まず俺が嬬恋冬樹の分身を造り出し、なんらかの形で天満嵐に独立させた嬬恋冬樹の分身を渡す。
 そのついでに天満嵐の犯罪欲求を解消させなければならないので最低でももう一体分身を用意しないといけないわけだ。
 因みに、本物の嬬恋冬樹については消えてもらうことになる。
 というより、別名義になって遠い土地で他人として過ごしてもらうといった方が適切かもしれない。

 なるほどねぇ。
 ざっと仕事内容を把握した俺はその書類を見つめたまま小さく息を吐く。
 いくら相手が殺人犯だとはいえ、恋人を赤の他人、それも人外にするなんて上の連中も中々酷いことを考える。
 しかし、まあいい案だ。
 確かにこういうタイプは多少面倒でも根本的な問題を解決した方が早い。
 が、問題があるのも事実だ。
 嬬恋冬樹の分身を作りあげ独立させるとして、始めの何週間は中身知能指数ゼロに近い生き物になる。
 そんな嬬恋冬樹を天満嵐が愛することが出来るかが問題だ。
 代わりに俺が動かすことも出来るが、天満嵐が死ぬまで相手をするのは辛い。
 どうにかして知能指数が高い分身を造り上げる必要があるが、出来るだろうか。
 いや、どちらにしろしなければならない。
 最悪、記憶操作班に天満嵐の嬬恋冬樹に関する記憶操作についての依頼を出さなければならなくなるが任務を達成させるためだ。多少の出費ぐらい我慢しよう。
 頭の中で段取りを組みつつ、出から離れた俺はそのまま壁に取り付けられた鏡へと歩み寄った。

 被害者が出てるということは、仕事が増えるということだ。残業なんてなる前になるべく早く済ませる他ない。
 まあ、タイムワープ使えるから関係ないが、なかなか厄介な仕事であることには違いないだろう。

 人物を映し出さない鏡に触れ、データ通りの嬬恋冬樹を思い浮かべる。
 触れた箇所から波紋が広がり、先程まで殺風景な俺の部屋を映し出していたそこには小綺麗な部屋が浮かび上がる。
 天満嵐と嬬恋冬樹が同居している部屋だ。
 そして、本来ならば俺が映し出されなければならないであろうそこにはデータで見た嬬恋冬樹そのものの姿が浮かび上がった。

 普段殺られることだけを考えていた俺にとっては特殊な仕事だったが、まあ、根本的なところは変わらない。
 どんな形であれ、被害者を出さない。それが俺に任された任務だ。
 不意に、近付いてきた出がくいくいと服の裾を引っ張ってくる。

「なんだ?出ちゃん心配してくれてんの?」

「優しいねえ、帰ってきたらいっぱい遊んでやるから大人しくしてろよ」寂しそうな顔をする出の頭を撫で、俺は目の前の鏡に映し出されたどこか色素の薄い容姿をした細身の青年に目を向ける。
 柔らかく、なよなよしてそうな男だと思った。

「今日一日よろしくね、ドッペルちゃん」
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