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「ユウキ君、お前、亮太のことが好きなのか?」


それは夏の暑い日のことだった。
退屈そうにソファーに凭れていた阿賀松は、こちらに目もくれずにそう静かに尋ねてきた。
その一言に、心臓が大きく跳ねた。


「好きなのかって聞いてんだよ」

「……好き、です」


きっと、その時の俺は夏の暑さで頭をやられていたのかもしれない。
志摩と思いを通わせることが出来たという満ち足りた幸福感と謎の万能感に浮かれて、俺は、まっすぐに阿賀松を見つめ返した。
それが、自分の命運を分けると知りながらでも尚、自分の気持ちに嘘を吐きたくなかった、そんなエゴで全てを棒に振ってしまったのだから救いようがない。

阿賀松は「ふーん」とだけ笑った。
それ以上何も言わずに、触れることもなく、その話はすぐに空気に溶けてどっかへ行ってしまう。
だから阿賀松もきっと許してくれたのだろう。そう思っていたが。

深夜、阿賀松の部屋の中。
しばらくも経たない内だった、扉が数回ノックされ、見覚えのある男が現れる。


「ごっめーん、遅くなった」


縁だ。
縁はヘラヘラ笑いながら部屋に上がってきて、そして、扉の外から何かを引き摺ってくる。
それを見た俺は、目を疑った。
真っ白のシャツを染める赤黒いシミに、乱れた焦茶色の髪。
床の上に放り投げられたそいつは、ろくに受け身をとれずにそのまま床に落ち、呻く。


「っ、志摩……ッ?!」

「おお、ユウキ君、良かったじゃねえか。お前の大好きな亮太が会いに来てくれたぞ」

 
「ほら、喜べよ」と、笑う阿賀松の声が入ってこなかった。
どうして志摩がここへ、ということよりも、あまりにも酷い外傷にいても立ってもいられず、思わずソファーから立ち上がり駆け寄る。
「志摩」と、声を掛ければ、意識はあるらしい。赤く濡れた唇が微かに震え「齋藤」と確かに動いた。


「っ、どうして……こんな……ッ」

「どうしてって、ちょっと待って、そんな怖い顔しないでよ。俺は、伊織に言われて齋藤君を喜ばせようって思っただけなんだって。ただ、こいつがちょーっと暴れるからさ」

「……ッ」


志摩の鼻血を拭えば、志摩は辛そうに息を吐く。そして、俺の手を握ってきた。
出血のせいで大怪我のように見えるが、骨や神経に損傷はないらしい。それが確認出来ただけで安心する。その熱い手を握り返し、俺は阿賀松を見た。


「どういうつもりですか……っ志摩に、こんなことして……」

「お前、こいつのこと好きなんだろ。じゃあセックスしろ」

「……っ、は?」


耳を疑った。
何を言ってるのか分からなくて、そもそも理解したいとも思えなかった。
思わず言葉を失う俺に構わず、ソファーから立ち上がった阿賀松はそのままゆっくりと俺の前までやってきて……屈んだ。
そして、視線を合わせた阿賀松は厭らしく笑う。


「今から亮太とセックスしろよ。ここで」


もう一度、やつはそう言った。
いつもの悪い冗談だろうと思いたかったが、その目は一切笑っていない。


「やらねえなら俺と方人でお前のこと輪姦してやるよ」


そう、耳元に唇を寄せた阿賀松は囁きかけてくる。
血の気が引くのが分かった。
それを聞いていた縁は「悪趣味ー」とただ笑う。
二択の意味が分からなかった。ただ、純粋に面白がってるというのだけは確かで、阿賀松の脅しに俺達の人権なんてありゃしない。
いつものことだ、と諦めきることが出来なかった。だってそうだ、俺と志摩は見世物ではない。それを、ただ阿賀松の退屈しのぎのためにと思うとただ腹立った。悔しくて、「誰がそんなこと」と喉まで出かかったとき、志摩に手を握り締められる。


「っ、志摩……ッ!」

「……齋藤、やめて」


なんで止めるんだ、と志摩を向いたとき、唇が重ねられる。濃厚な血の匂いに堪らず後退りそうになるが、躊躇いなく重ねられる唇に目を見開き、俺は、志摩の胸を押し返した。


「志摩っ、やめろってば……ッ何を……ッ」

「……聞いてただろ、こいつら、マジだよ……」


そっと、耳打ちする志摩に、目を見張る。
だから、言うことを聞くというのか。
信じられなかった。いつもの志摩だったら死ぬ気でも藻掻いて逃げるのではないかと思ったのに。
そこまで考えて、志摩の唇からまた血が垂れるのを見た。
……弱気になる程の分の悪さということか。


「とにかく、今は従うフリをしよう」


そう、吐息混じりに囁く志摩。その手に胸元を撫でられ、堪らず身体が強張った。
志摩の言うことも一理ある、それでも、こんな、人前で。おまけに相手は阿賀松と縁だ。最悪以外の何者でもない。


「ユウキ君と違って、亮太の方はまだ物分りがいいみたいだた」

「なーんだ、俺齋藤君としたかったのになぁー残念残念」


「……ッ」


志摩の表情が強張る。
触れる指先が、ぎこちなくて、そりゃあそうだ。俺でもここまでだ、プライドが高い志摩はもっと、耐えられないはずだ。そう思うと、抵抗する指に力が入らなくなる。


「……っ、ぅ、う……ん……ッ」

「っ、齋藤……声、出さないで。聞かせたくないから……」

「っごめ、んっ、……ぅ……」


唇を舐められ、塞がれる。こんな形でキスをすることになるなんて思わなかった。
志摩の血の味が口の中に広がり、濃厚なそれに頭がクラクラしてくる。
シャツのボタンを外され、這わされるその手に素肌を直接触られれば身体が竦んだ。


「っ、ん、っ、ふ……ぅ……ッん」


ちゅ、ちゅ、と何度も角度を変え、唇を吸われる。ぬるぬるとした舌に唇を舐められれば、条件反射で唇を開いてしまう。割って滑り込んでくる肉厚な舌の感触に、腰を引く。
ここに、阿賀松たちがいなければどれだけ良かったことだろうか。
ニヤニヤと笑いながらこちらを眺めてる二人の姿が視界に入り、気分が悪くなる。
嫌だ、嫌だ、見られたくない。志摩にだけ見てもらいたいのに。
声に出すことは叶わないが、俺に何かを悟ったのだろう。志摩は何か言いたそうな顔をして、それを押し殺すように大きくシャツを開いた。


「っ、ん、ぅ、く……ふっ、ぅ……ッ!」


外気に晒された両胸の乳首を指先でなぞられ、堪らず仰け反る。堪えないと。そう思えば思う程、緊張してしまい、身体が余計反応してしまう。
指の腹でくすぐられ、乳輪ごと乳首を揉まれる。
志摩も緊張してるのか、その指先に籠もる力の強さに堪らず舌を噛みそうになる。


「亮太ー、もっと優しくしてやんねーと可哀想だろ」

「そうそう、お前は下手くそだからな。俺が代わってあげようか?」


ソファーの上、いつの間にかに縁が用意したグラスにジュースを注ぎながら二人は野次を飛ばしてくる。
志摩の目の色が変わるのを見逃さなかった。悔しいのだろう、歯痒いのだろう。その気持ちは痛いほど分かった。
けれど、今の俺にはそれを打破する方法を見出すことは出来なかった。


「っ、無視して、齋藤」


舌を抜いた志摩は、そう小さく耳打ちした。
そんなの、言われなくても分かっている。ただの外野だ、わかっているが、それでも絡み付いてくる視線が不愉快で、耐えられない。
堪えるようにぎゅっと志摩の手を握り締めれば、志摩は何も言わずに俺の胸元に顔を寄せた。


「ッ、志摩ぁ……ッ」


尖ったそこを唇で挟まれ、その先端部を舌で撫でられれば全身が蕩けるみたいに力が抜けそうになる。
背中と腰を抱き締められ、柔らかく熱い志摩の咥内、執拗に乳首を舐められ、喉奥から声が洩れた。
声を出すなと言われたばかりなのに。慌てて自分の手で口を塞げば、ちらりとこちらを見た志摩はそのまま固く凝り始めたそこに歯を立てた。


「ッん、ぅッ!んん……ッ!」


腰が跳ね、下腹部に熱が集まるのが分かった。
恥ずかしくない。志摩はもっと嫌なんだ。そう思って、耐えようと思うのに、逃げる上半身を固定され、執拗に舌先で責められれば何も考えられなくなる。
あふれる唾液でどろどろになった掌。志摩に俺の顔が見られていないのが幸いだ。


「っ、……ん……むぅ……ッ」


耐えられない。こんなの。向けられた目に、二人が何かを言い合ってるのを見て、顔が熱くなる。
くぐもった自分の声が、次第に甘くなっていくのが嫌でも分かった。
甘く噛まれ、舌で転がされ、先端を吸われる。
それを強弱つけて繰り返されるだけで、下腹部、体の内側から焼き尽くすような熱が、喉元まで競り上がってきた。


「ッ、ふ、ぅ、んんッ、ぅ――ッ!!」


待って、と志摩の頭を掴んだ瞬間。
勃起した乳頭に歯が食い込み、その刺激に堰き止めていたものが勢い良く決壊する。
同時に下着の中、吐き出される精液が染み、着心地の悪さと射精感に意識は朦朧とし、目の前が霞む。


「っ、は、……はぁ………ッ」

「エロいなぁ、齋藤君」

「……っ、齋藤……」


息を整える俺に、志摩は眉根を寄せる。
嫌なのだろう、分かっていた。俺だって、嫌だ。気持ちいいのに、志摩とするのは嫌じゃないのに、二人のせいでこんなに嫌な気持ちになるのは、耐えられない。


「っ、ごめ、志摩、俺……やっぱ、も、無理……ッこんなの、やだよ……っ」


志摩の胸にしがみつき、頭を横に振る。
志摩だって、好きでしてるわけがない。分かっていても、口にせずにはいられなかった。
弱音を吐く俺に、志摩は何かを言いたさそうに口を開いた。
そのときだった。


「亮太、ユウキ君のケツを舐めてイカせろよ」


志摩の背後に立った阿賀松は、そう静かに告げた。


「ちゃんとこっち向かせろよ。それと、ケツ以外のとこ触んな。イかせるまでちゃんと舐めろよ。もし誤魔化したりしたら……まぁ、分かるよなぁ?」

「っ、……」


そんなの、無茶苦茶だ。言うこと聞けば、また次の要求をする。これでは、奴らが飽きるまで埒が明かない。
聞く必要はない、そう、志摩に声を掛けようとすれば、志摩に手首を掴まれた。


「し、志摩っ、あの、待って……」


まさか、言うことを聞くとか言うんじゃないよな。
強張った顔は上手く笑えなかった。冗談だろう。志摩に目で訴えかけるが、その目は正気ではない。焦燥、怒り、恐怖、色んな感情が滲み出てる。そこにいつもの笑顔はない。


「志摩っ、駄目だよ、しっかりして……」

「齋藤……悪いけど、我慢して」

「っ、や、だめ、だって……志摩……ッ」


伸ばされた手が、下着のウエストを掴む。必死に掴むが、志摩の力には適わなかった。そのままずるりと脱がされれば、仰向けに倒れた身体の上、志摩が覆い被さってくる。


「志摩、やめ、て……ッ」

「足、もっと開かせろよ」

「な……ッ」


何を言ってるんだ。
涼しい顔して要求してくる阿賀松に耳を疑った矢先、膝裏を掴む志摩に大きく足を開かされる。
瞬間、ひやりとした外気に晒され、下腹部が震えた。
熱が、全身を巡る血液が一気に熱くなる。


「うっわ、やらしいなぁ……ここからお尻のシワまで見えるじゃん。眺め最高だな。……後は、亮太がいなければもっと最高なんだけど」


縁の言葉に志摩の顔が引き攣る。歯痒そうに唇を噛み締め、志摩は、俺の腰を大きく浮かせた。
照明の下、無理な体勢に関節が痛んだ。それ以上に、奴らに丸見えになってる下半身がただ恥ずかしくて、足を閉じようとしてもそこに顔を寄せる志摩のお陰で、儘ならない。


「っ、やめ、志摩、だめ……んぅうッ!」


瞬間、ぬるりとした舌の感触が触れる。緊張できゅっと力が入ってしまっている肛門を解すように這わされる舌先に、掛かる前髪のこそばゆさに、喉の奥が震える。
尖った舌先は窄まりを揉むように解し、そして、少し力が抜けたところにぐっと唾液を流し込むように入り込んでくる舌に、堪らず口を塞ぎそうになる。が。


「ユウキ君、口、抑えんなよ。声、出すんだよ。ちゃんと」

「ッ、んひ、ィ……ぅ、ぐ……ッ」


阿賀松からの注文に、俺は、寸でのところで志摩の肩を掴んで耐える。なんで、なんで阿賀松の言うことを聞かなければならないのか。思ったが、今まで細胞に叩き込まれた阿賀松という人間に、本能的に逆らえなかった。


「っ、ぅ、くぅん……ッ!!」


唇を噛み締め、なんとか声を堪えようとするが、垂れ流される唾液を絡め、流し込むように奥へ奥へと這いずってくる舌に、声を我慢することは出来なかった。


「ぁ、ひっ、ぅ、あ、やめッ、ぇ」


内壁を押し広げ、ぐちゅぐちゅと音を立てながらも唾液を塗り込むように生々しく蠢く舌に、腰が自然と揺れてしまう。


「っ、ぁ、あ……ッ、ぁ、うぁ」


呂律が回らない。志摩の息遣いが鮮明に伝わってきて、内側をくまなく味わうように這いずる舌に、四肢から力が抜け落ちる。
頭の奥がじーんと痺れてきて、爪先に力が籠もる。イッたばかりだというのに、精液で濡れた性器が再び頭を上げ始めてるのが見えて、余計居たたまれなくなった。


「案外すぐイケるんじゃねえの」

「っ、はーやばいなぁ……本当、齋藤君てばすごい厭らしいなぁ……ね、伊織、抜いていい?」

「ダメに決まってんだろ。触ったら即効潰す」

「うっわ、さっすが鬼ー」


二人の会話も、頭に入ってこなかった。
達したばかりの下半身は先程以上に神経が過敏になっているのだろう。息をする間も与えず、長い舌で奥を何度も擦られれば、それだけで視界が赤くなる。


「っやめ、っ志摩、抜いっ、抜いて……」

「……っ、……ッ」

「ひっ、ぅ、あッ、は……ぁ……ッんんッ!」


腿を掴んでいた志摩の指先が食い込んだ、と思った瞬間。
とある箇所、その凝りを志摩の舌先で抉られた瞬間、自分の体ではないみたいに大きく痙攣する。


「待っ、ぁ、や、しま、しまっ、待って、志摩ッ」


ぶわっと脂汗が滲む。涙が滲み、腰が震える。おかしい。やばい。そんな言葉しか思い浮かばなくて、ただ一気に襲い掛かってくる強い快感に飲まれるのが怖くて、必死に志摩を呼びかける。
が、前髪の下、こちらを見た志摩はそのままそこを執拗に責め立てる。
耐え切れない快感に頭の中は白ばみ、震えは上半身まで伝わる。ガクガクと鳴る奥歯を噛み締め、俺は、最早声を抑えることすら出来ないでいた。


「ぁ、あ、ぁああッ!!」


小刻みに痙攣する下半身、いつの間にかに限界まで反り返った性器から、先程よりも薄い精液が断続的に飛び出す。それが腹の上に掛かるのを見て、志摩は舌を引き抜いた。
瞬間、どろりとした何かが自分の肛門から溢れるのが分かった。志摩の唾液だろう。腿を汚すそれを拭われ、そっと足を閉じられる。
俺は、射精後特有の疲労感に耐えられず、そのまま仰向けに倒れる。呼吸の仕方を思い出すのに、時間を要いた。


「っは……っ、ぁ……は……ッ」

「……っ、これで、いいでしょ。気が済んだなら、もういい加減にしてくれませんか」

「……よくもまあ、そんな強がり言うよなぁ」


「少なくとも勃起しながら言うことじゃねーだろ」笑う阿賀松に下腹部を揉まれそうになり、顔を強張らせた志摩は
「触るなッ!」とその手を振り払う。
拒絶反応を示す志摩に、阿賀松は怒るどころか愉快そうに笑った。
そして。


「おい方人、亮太はもういいんだってよ」


そう、意味深に縁に笑い掛ける阿賀松。
その言葉の意味は今の俺の脳味噌で判断することはできなかったが、それは志摩も同じようだった。


「っ、待てよ、何言って……」

「えっ、本当?やった!ね、いいの?まじでいいの?後から怒んない?」

「ユウキ君はもう亮太のものらしいからなぁ、聞くんなら亮太に聞けよ」


「駄目に決まってんだろ!齋藤から離れろよッ!」


何を、言ってるのだ阿賀松は。志摩は、何を怒ってるのだ。
回らない頭の中、縁が近付いてくる。


「……っ、やめ……」


逃げないと、と思うのに、下半身に力が入らない。
立ち上がることも出来ず、後退ることもできないまま、目の前、屈み込む縁は優しく、俺の肩を掴む。擦り寄るように頬を触れ合わせ、そのままそっと耳元に唇を押し付けてきた。


「あぁ……本当は俺が全部気持ちよくしてあげたかったんだけど、こういうのもたまには悪くねーな」


「ね、齋藤君」と、手を重ねられ、そのまま絡み取られた指先をやつの下腹部に持っていかれる。瞬間、不自然に膨らんだ勃起したその感触に血の気が引いた。
視界の隅、「齋藤!」と呼ぶ声が聞こえる。阿賀松に羽交い締めにされた志摩を見て、俺は、縁を見る。
逃げ場は、ないことはない。はずなのに。
志摩の背後、阿賀松と目が合った。
瞬間、やつのだらしなく歪んだ唇は確かに動いた。
『抵抗したら、殺す』そう、そのピアスの重みで緩んだ唇は言葉をなぞっていた。
それに気付いてしまえば、ただでさえ動けなかった身体は石のように固くなる。


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続きます。
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