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縁とのゲームに買ってから二日目。
俺は縁から取り上げた元阿賀松の部屋にやつを閉じ込めていた。
志摩は今すぐにでも殺したいようだったが、俺がそれを止めた。
実際、縁にはまだ利用価値がある。けれど、それ以上に扱いにくい人だというのも理解してる。
要するに俺は、ただ簡単に縁を解放してやりたくなかったのだ。


そっと扉を開けば、裸のまま壁に凭れ掛かるようにして目を瞑る縁方人の姿を見つけた。
下着は身に付けているものの、縛られているというのに呑気に眠っているその姿を見ると嫌なものが込み上げてくる。
歩み寄り、その頬を張れば、乾いた音ともにびくりと縁の体が震えた。
驚いたように見開かれた目が俺を捉える。
そして、その口元に笑みが浮かぶ。


「先輩、なんで寝てるんですか?俺に許可なく眠っちゃダメだって言ったじゃありませんか」

「俺だって人間なんだよ?……厳しいなぁ、君は……これくらい見逃してくれてもいいんじゃんか」

「それ、亮太に言われてんの?」


「気安く志摩の名前を呼ばないで下さい」


俺でさえ下の名前で呼んでいないのに、軽々しく名前を口にする縁が許せなくて、俺は、思いっきり縁の下半身を踏み付ける。
小さく呻く縁。
無駄にタフな縁相手にはこっちを痛め付けた方が確実だろう。そう思って爪先にぐりっと力を入れれば、縁は肩を震わせ、息を吐く。心なしか、その頬が赤いのは苦しさからだろうか。それとも。


「自分の立場分かってるんですか?……負け犬に人権がないと言ったのは先輩ですよね」

「っ、あぁ……勿論、分かってるよ。言い出しっぺは俺だしね。……それに、負け犬っていう立ち位置も案外良い眺めだし」


そう言って、乾いた唇を舌舐めずりする縁。
上履きの下のそこが先程よりも芯を持ち始めているのが分かって、嫌悪感を覚えずにはいられない。


「その物言い、態度も、気に入らないんですよ。だったら負け犬らしくしたらどうですか」

「っ、ぁ、はッ、困ったなぁ……これでも、大分謙遜してんだけどなぁ……っ」


何が謙遜だ。固くなったそれを思いっきり踏み付ければ、縁が声を漏らした。それが唯一面白くて、込み上げてくる優越感、二度三度の思いっきり蹴り上げれば壁に背を預けた縁は声に為らない声をあげる。
びくんと大きく腰を跳ねさせ、それから息を吐き出す縁。蕩けたような目で笑う奴が、イッたのだということはすぐに気付いた。同時に、不愉快になる。


「負け犬らしくって言ってるじゃないですか。……なんですか、これ」


「俺は先輩を喜ばせてるわけじゃないんですけど」下着に滲むシミ。イッたばかりだというのにもう既に分かるくらい張り詰めているそこに見ているこちらが恥ずかしくなってくる。
そのくせ、当の本人はと言うと満足そうに笑ってるのだからただ腹立たしい。


「だってさぁ……君の、踏み方が厭らしすぎるんだよねぇ……。もしかして慣れてるの?」


下心しかないその目に、下世話なその言葉に、頭のどっかが切れる。誰のせいだと思ってるんだ。出しかけた言葉は寸でのところで飲み込んだ。
その代わりに、俺は勃起してるそこを押し潰すように靴の底全体を使って体重を掛ける。


「っ、ちょっ、と、待っ、て」

「……不愉快です」

「齋藤君、苦しいって、まじ、潰れるから……ッ」


流石に堪えるだろう、そう思ったのにそう懇願してくる縁の口元は緩み、笑っていた。
言いながら、腰を震わせる縁は苦しがるどころかそれを楽しんでいるような気配すらして。それが余計、ムカついた。俺は、これをされた時すごく怖かったし、苦しかった。いつ潰されるか分からないこの状況でも笑ってる奴が余計、俺は、怖くて。


「……全部、先輩のせいですよ。俺はこんなこと、慣れたくもありませんでした」


ぐっ、と前のめりになった瞬間、びくんと縁が仰け反る。瞬間、下着からはみ出していた亀頭部分から精液が溢れ出す。
赤く充血した性器は萎えるどころか先程以上に硬くなっては下着の中で熱を増させるばかりだった。
犬か何かのように浅く呼吸を繰り返す縁の目には、一瞬、俺が映っていないように見えたのは気のせいではないだろう。


「……我慢も出来ないんですね、先輩は」


呆れる俺に、眼球だけを動かしてこちらを見上げた縁は蕩けたように笑う。


「ああ、そうだな、君と一緒だよ。……甲斐性もなけりゃ、気持ちよくなることしか考えられないんだ、俺」

「一緒にしないで下さい」


ニヤケ面を晒すその顔面を思いっきり踏み付ける。


「綺麗にして下さい。……先輩のせいで汚れたんですから、出来ますよね」

「っ、あはは、そんなこと俺に頼んじゃっていいの?」


俺の言葉に狼狽えるわけでもなく、本当に、ただ楽しそうに笑う縁は「仰せのままに、お姫様」と躊躇いもなく靴の裏に唇を寄せる。
その態度が、嫌なのだ。俺がされて嫌だったことも、嫌な顔一つすることもなくこなしていくところが。
舌と唇を使い、器用に上履き脱がし、床へ落とした縁は再度靴下に包まれた足に顔を寄せる。
命令してるのは俺のはずなのに、なんでだろうか。こちらを見上げる縁の目が嫌で嫌で嫌で堪らなくて、まるで俺の方が焦らされているような気がするのだ。
靴下の爪先を甘く噛んだ縁に、ゆっくりと靴下を脱がされる。
縁が、俺の言う事を聞いてる。俺の前に傅いて。
そう思うと、背筋がぞくぞくと震え、体が熱くなる。


「っ、本当に、プライドもないんですね……」


『齋藤君、舐めてよ』


いつの日かの縁の声が脳裏に蘇る。俺を足元に傅かせ、笑いながらこちらを見下ろす縁が。


「みっともない顔晒して……恥ずかしくないんですか?」


『恥ずかしいね、齋藤君。こんなところで●●●しちゃって』


やめろ、と思うのに、頭の中の声は収まるどころか鮮明さを増すばかりで。
剥き出しになった足の甲から爪先、その先の指一本一本に丁寧に唇を落とす縁に、胸の奥で燻っていた嫌悪感に似た何かが爆発する。


「……本当に、気持ち悪い……ッ」

『……本当に、可愛いね』


縁の声が、縁の目が、縁の唇の感触が、頭の中を掻き乱す。

なんで、俺が、責られているように感じないといけないのだろうか。
縁を同じように扱えば満たされると、この鬱憤は少しは晴らされるだろうと思っていたのに。なんで。

指と指の間に舌を這わせ、そのまま唾液を絡めるようにして指ごと口の中に含められる。
クチュクチュと音を立て、数本の指を舌や咥内全体を使って愛撫されるとまるで本当に足の指が性器になったみたいな錯覚に犯された。


「……先輩は、恥ってものがないんですか……」


「君の足が味わえるなら、こんなことくらい苦にならないよ」


寧ろ、役得だよね、と音を立て指先を吸う縁に腰が疼く。
縁の軽口には慣れたつもりだった。
それなのに、こんな状況下でも変わらず俺に甘い言葉を吐いてくる縁に、こっちの方が調子狂わされてばかりで。
そんな言葉が欲しいわけではない。俺は。

縁の口から足を引き抜けば、縁の視線がこちらに向けられる。


「もういいんだ」

「……これ以上されたらふやけてしまいそうなので」

「そんなこと言っちゃってさ、足の指の間舐められて気持ちよくなったんだろ?」


「君、可愛い顔してド変態だからさ」喉を鳴らし、唾液で濡れた唇を舌で舐め取る縁は笑う。
その言葉に、顔がカッと熱くなる。不愉快だった。俺のこと何も知らないくせに、分かったような口を利く縁が。


「……ッ、口を、慎んで下さい」

「もっと遊ぼうよ、齋藤君。君だって、こうやってまで俺を生かせてるのはそれが目的なんだろ?」


そんなわけがない。縁は俺をからかってるんだ。
安っぽい挑発に乗るわけにはいかない。
込み上げてくる怒りを堪え、「違います」と答えるが、縁の態度は崩れない。それどころか、そんな俺の反応まで愉しんでるような目が、こちらを捉えて離さない。


「自分で気付いてなかったんだ?君、ずっと俺のこと誘ってんの。目で、口で、仕草でさ。……よっぽどの鈍感じゃなきゃ、誰でも分かるよ」


セクハラ紛いの尋問にも慣れた。そのつもりだったが、その言葉に心臓が大きく弾む。
そう思われているのが何よりも屈辱だったのだ。


「……自意識過剰なんじゃないんですか?」

「なら、なんで一人で俺のところに来るんだよ。亮太連れてきた方が都合がいいはずだけど?」

「っ、志摩は、先輩のことを嫌いだから……あまり、無理なことは」

「嘘だろ?あいつなら君を一人で寄越すくらいなら自分も行くと言い張ると思うけど」


言い返そうと思えば、いくらでも言い返せたはずだ。
それなのに、その言葉に俺は何も返せなかった。
縁の言う通りだった。俺が一人きりで縁に会いに来ることに対するメリットはない。
ただ、痛めつけることにしたって志摩の方が得意だろうし頼み込めば喜んで縁を痛めつけるだろう。

じゃあ、なんで、俺は、そんなデメリットを引っ提げてここに足を運んだのか。


「本当は鎖引き千切って押し倒されて俺に犯されんのを期待してるんだろ?」


笑う縁に、気付いたら俺は落ちていた上履きを拾い上げて縁の頬を殴っていた。
微かに縁の肩が震えた。怒ったのだろうか。思ったが、そうではない。クスクスと笑う縁は、ゆっくりとこちらを向いた。


「……ダメだなぁ、本当、君は。向いてないよ、こういう駆け引き」


「そういう顔は、フツーに俺の前で晒しちゃダメだから」鏡のないこの部屋で自分の顔がどんなことになってるのか分からないが、『馬鹿じゃないのか』と笑い飛ばしてやりたかったのに顔の筋肉は強張りまともに笑うことすら出来なかった。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


部屋を出れば、既に消灯時間を回った学生寮内は真っ暗だった。
人気のない静まり返った空気はあまり好きではないが、今は有り難い。
自分の目だけを頼りに、三階の自室へ戻ろうとした時だった。


「齋藤」


扉のすぐ横にいた志摩に捕まった。
どうやら待ち伏せしていたらしい。
思いっきり肩を掴まれ、ぎょっとするがなるべくそれを顔に出さないように努める。


「どうしたの、志摩」

「どうしたの、じゃないよね。俺言ったじゃん。今度一人で方人さんのところに行ったら許さないって」

「ご飯持っていっただけだよ」

「それにしては結構時間経っていたけど」

「ああ、縁先輩、なかなか食べようとしなかったから」


言いかけて、「齋藤」と志摩に呼ばれる。
笑っていない目。
首筋に顔を寄せてくる志摩に、内心ぎくりとする。


「俺に、そんな嘘が通用すると思ってるの?」


犬のように匂いを嗅いでくる志摩に、冷や汗が滲んだ。


「……濃すぎるんだよね、あの人の匂いが」


今のだけで分かるのだろうか。縁は香水は付けさせていないはずだし、なるべく密着しないように気をつけたのに。
釣られて自分の匂いを嗅ぎそうになり、それが志摩のハッタリだということに気付く。
冷たい目。肩を掴む指先に更に力が込められ、肩口に食い込んだ。


「……志摩、痛いよ」

「……ああ、そうか。齋藤に任せたことが間違いだったね。齋藤はお人好しで、お馬鹿さんだから」

「志摩……ッ」


怒られるだろうか、殴られるかもしれない。
ぎゅっと目を瞑った時、唇を塞がれる。
感触を確かめるような、一方的なキスだった。


「ん、っ、ぅ……ふ……」


いくら真っ暗だとは言え、いつ誰が来るか分からないこの状況下。酸素ごと貪るように唇を噛んでくる志摩に壁際まで追い込まれ、動けなくなる。
抵抗する気もなかった。志摩がしたいなら、それで気が済むなら、いい。そう思って、握り締めた手を緩めれば志摩の唇が離れる。


「……っ、やっぱり、齋藤に任せるんじゃなかった……」


静まり返った空気の中、そんな志摩の言葉が響き、消えた。
結局、それ以上志摩に縁とのことを追求されることはなかった。志摩との会話自体なかったというべきか。
俺を部屋まで送ればそのまま志摩はどこかへ行ってしまった。

そして。
次の日、いつものよう縁用の朝食であるおにぎりを懐に隠して元阿賀松の部屋へと向かった。
寝室の扉を開き、恐る恐る中の様子を伺った俺は目を見張る。
そこに、縁の姿はなかった。
逃げ出したのか、と思ったが、ここの部屋は外からしか鍵の開け閉めが出来ないはずだ。
そして、その鍵は俺が持っているはずだ。
けれど、制服のポケットに入れたままにしてたはずだし、ちゃんと俺の手元にまだ残ってる。


「……齋藤、何してるの。こんなところで」


一人、思考を巡らせていたときだ。
いつの間に部屋に入ってきたのか、寝室の扉の前で硬直する俺の背後、志摩に呼び掛けられる。
その声に、全身が竦んだ。


「……別に、忘れ物したから取りに来ただけだよ」


縁がいないということを追求しないといけないはずなのに、志摩の顔を見ると、その言葉は喉の奥へ引っ込んでしまった。
志摩のシャツの襟の下、生々しい無数の引っ掻き傷を見つけてしまったからだ。
それだけではない。昨日はなかったはずの傷が至るところで目につき、それでいて変わらない志摩に縁のことを口に出せるような雰囲気ではなかった。


「ふーん。あ、そ。なら戻るよ。……もう、ここに用はないでしょ?」


縁がいなくなって、志摩は怒るどころか昨日よりも機嫌が良さそうに笑う志摩に俺は何も言えなかった。
聞きたくなかったし、認めたくなかった。
けれど、志摩の言う通りだ。誰もいなくなったこの部屋に、用はない。


「……そう、だね」


ざわつく胸を見てみぬフリをし、俺は志摩とともに部屋を後にした。


おしまい
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