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「いいよな、生きてるって」

「裕斗君って、たまに言うこと怖いよ」

「だってそう思わないか?生きてるから楽しいことがあって苦しいこともあるけど、それも含めて幸福への一歩に繋がるんだぞ。それってとても素晴らしいことじゃないか!」

「詩織ちゃん、気にしても無駄だ。こいつサバンナの動物特集見てからずっとこの調子なんだよ。本当、影響されやすいってか全部プラス思考に繋がんだから羨ましいよな」

「何言ってんだ、あのシマウマたちの生き様を見て伊織も感動してただろ?」

「俺が感動してたのはシマウマが走ってる映像だけで声上げて泣き出すお前の情緒不安定ぶりにだよ」

「ゆ……裕斗君……」

「だってあんな残酷な現実を突き付けられたあとにあんなに伸び伸びと駆けていくシマウマ達を映し出されたら……そんなの、卑怯じゃないか!な!詩織!」

「えっ、俺に流してくんの?……ま、まぁ、確かに動物たちの世界のほうがシビアだからね……」

「だろ?流石冷血漢伊織と違って詩織は話が分かるやつだなー!」

「誰が冷血漢だよ、こいつ」

「ほら!そうやってすぐ怒る!ダメだぞ、短気は白髪生えるぞ〜!」

「ぐ……っこいつ……」

「あっちゃん、落ち着いて。ほら、裕斗君もあまりあっちゃんに絡んじゃダメだって」

「本当、伊織の怒った顔は面白いなー!あはははは!」

「ゆ・う・と・く・ん!あっちゃんを虐めないで!」

「おおう……詩織が怒った……」

「なんで俺の言うこと聞かねーでこいつのいうことは聞くんだよ、お前」

「だってー伊織だって俺の言うこと聞かねーだろ?なんで俺の言うこと聞かないんだ?」

「なんでお前みたいな脳天気アホの言うこと聞かないといけないんだよ」

「ほらー!それだよそれ!」

「……、ふ、ふふ」

「あっ、何笑ってんだ詩織てめー!このー!」

「い、いや、なんか面白くてさ」

「んだよ、詩織ちゃん、自分の半身が虐められてんのみて喜ぶようなド変態だったのかよ、お前」

「ち、違うよ!ただ、ほら、あっちゃんがこういう風に言い合える人いないから良かったねって思って……」

「詩織……お前かーちゃんみたいなこと言ってんぞ」

「えっ?!そ、そうだった?!」

「詩織ちゃん、お前まで俺のことを愚弄すんのか……」

「ち、違うよ!あれ?!俺が悪いのこれ?!」


◆ ◆ ◆


志摩裕斗は騒がしくて、どこまでも愚直で、前向きだった。
他のやつらが俺を腫れ物のように扱う中、あいつは他と変わらないように俺に意見を言い、馬鹿にし、そして友人として接してきた。
無遠慮で馬鹿真面目な裕斗とはどこまでも趣味があわず、とにかく鬱陶しかったが、だからこそ俺達と付き合うことが出来たのだろう。
そう、詩織は裕斗のいないところでいつも零していた。

俺達に関わってもろくなことにならない。
そう周りが言う中、それでも俺達と関わろうとしてきた罰だろうか、これは。

夕日に赤く染まった病室。
無数のチューブに繋がれ眠る裕斗はいつ見ても慣れなかった。
笑って、暴れて、いつも何かしら動いていた裕斗ばかり見ていた分余計人形みたいに動かない裕斗が裕斗じゃないみたいに思えた。


「こんなになってまで生きんのは楽しいか?」


答えが返って来るはずがないとわかってても尋ねずにいられなかった。


「何も感じなくなったらお前の生きるってのもそろそろ意味ねーんじゃねえの?」


響く自分の声が余計に虚しくて、馬鹿馬鹿しくて、ムカついた。
あいつは動かないし、喋らない。いつ目覚めるのかも分からない。だけど、なんとなく『それでも楽しい』とあいつが即答してるような気がした。
可愛がっていた後輩に嵌められても尚、笑って許してやろうとするお人好しだと分かっていたから余計、苛つく。

俺は、あんたみたいになれないだろう。
詩織ちゃんに手を掛けて、あんたまで陥れたあいつを赦すことは出来ない。したくもない。


「……」


思い出すだけで目の前が暗くなる。
止めどなく溢れる殺意が腹の奥で渦巻いてはやり場のない怒りと混ざり合い、どす黒く淀んだ何かが自分の中でどんどん膨れていくのだ。


「……今日は帰るわ」


ここにいる間だけ、その感情を忘れることが出来る。
そう思っていたが、それももうあまり意味を為さなくなってきたようだ。

椅子から腰を上げ、手土産にと通り掛かった玩具屋で買った動物の模型を窓際に置いた。


「またな、裕斗」


せめて、夢の中では。
カーテンを閉め、俺は、裕斗の病室を後にした。


おしまい
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